書籍のDXって進んでいる? 遅れている?

2022年8月1日追記

今回、DXの入門書「なるほど図解 1冊目に読みたいDXの教科書」(SBクリエイティブ)を執筆させていただき、7月21日よりamazonなどのサイトで予約注文開始、9月26日より単行本、電子書籍発刊となりました。この本は、DX入門者の方に、DXに関する知識を体系的に学んでいただくための書籍であると同時に、世界初の「書籍のDX」を目指しています。

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書籍におけるDXの始まり

 現在世界最大の書籍販売大手は、言うまでもなくamazonである。amazonは、世の中の様々な商品をWEBで売買するECサイトで流通小売り業界を一変させた巨大企業である。そのamazonは、ビジネス開始当初、手に取って比べることが必要な商品はEC化しにくいという観点から、最初にEC化にチャレンジする商品を書籍と定めた。

 amazonは、書店で実行可能な立ち読みのような無料で読める機能/部分を作り、ボトルネックと思われていた物流コストについての課題を徐々に解決するなど、ECの弱点の克服を行った。さらに、様々なキーワードで検索できるインターフェースを搭載し、書店では難しかったあいまいな記憶に基づく書籍検索を可能とし、1人1人の嗜好や購買履歴に基づいた書籍をリコメンドしたり、他の読者のレビューを参考にする機能、一般書店では扱えないようなロングテイル(大衆向けではないが専門性の高い書籍など)も、巨大な在庫から提供が可能と言う新しい付加価値を提供した。

 

書籍以外のDXへの広がり

 amazonは書籍のECサイトとしてのオペレーションを確立すると、当初の計画通り、他の商品への横展開に着手した。まずは、書籍同様、手に取って比較しなければならない必然性が低い、CD、DVDなどのデジタル商品であり、その後、ありとあらゆるカテゴリーにそのECの仕組を展開した。また、なかなか手が出せなかったリアルに商品を並べる必要性の高い生鮮食料品についても、スーパーマーケットの買収やamazon go などのリアル店舗からデータを吸い上げ、得意とするデジタル領域とのサービス融合を図った。

 結果的に、amazonは消費者のありとあらゆる領域における嗜好データや購買データに基づいて、カテゴリー横断的に個人に訴求できるリコメンドができるに至った。この個人の行動データを把握することや、それらの反応に基づき、利用者の使いやすさを徹底的に磨き上げた同社のオペレーションの強みは、他社がなかなか追随できないまでに高まっていることは、実感される方も多いのではないだろうか。

 

書籍のDXの現状

DX実践道場講義「フレームワークを用いたデジタル戦略立案ワークショップ」より抜粋編集

 この視点で考えると、書籍の流通はすべてamazon を中心とするECサイトに集約され、DXあるいは産業のディスラプションは終了したと考えてしまいがちである。しかし、それは大きな間違いである。

 amazonが行ったのは、書籍という従来型商品の小売流通を破壊的に革命しただけであり、書籍というものが提供する価値そのもの価値提供の仕組を根底から作り直したわけではない。つまり、amazonがやりたかったのは、このような物理財の小売流通を破壊的に変革する流通の仕組みの構築であり、書籍というものの価値提供のあり方を根底から見直すことではなかったのだ。

 いつも同じ言葉を言わせていただくが、デジタルトランスフォーメーションにおいて、もっとも重要なポイントは、

”データ/デジタルテクノロジーを活用し、顧客提供価値を高め続ける仕組みの構築”

である。つまり、デジタルを前提に顧客が受け取るべき価値の提供の仕組を再構築して初めて、書籍のDXが済んだと言えるのだ。その点、以下のチャートのようにamazonが着手していない領域(未充足分野)にしっかり目を向け、その領域について誰もが使い続けたくなるサービスを構築するべきだ。

 

書籍DXの壁

デジタル書籍リーダーのイメージ

 この領域とは、消費者が消費する現場であり、その個客が求めるサービス、商品の開発、生産に分野などがその代表となる。


デジタル書籍リーダーのイメージ

 amazonは多くの書籍を流通させ、デジタル分野では、Kindleというデジタル書籍リーダーも提供しており、本を持ち歩く手間が省けたことは素晴らしいと思う。しかし、そのリーダーは、従来の物理財としての書籍をデジタル媒体で読めるようにしたというのが最大の特徴であり、下線を引いたり、ブックマークにジャンプしたりすることはできるが、下線を引いた部分や自身のコメントをエクスポートして引用した書評を執筆したり、読書感想文として他人にシェアしようとすると、版権所有者が設定した制約でシェアできる分量がかなり制限されて、実質使いものにならない。従来の著作権管理の延長ですべての著者や出版社が考えている以上、この壁を打破するのは難しい。

 しかし、書籍がもたらす本質的な価値に立ち戻って考えると、作者から読者に知見を移転させたり、読者が二次利用できることであり、それにより作者や出版社が対価を得ているわけである。読者がより知識を深く身につけたり実践したり、二次利用するところまで支援できるほうがより対価を取りうるにも関わらず、従来の商習慣が壁になっている。

 

書籍DXの方向性

 これからの書籍DXの方向性を考えるにあたり、ヒントとなるのは、業界共通でデジタルディスラプションがもたらす以下の4つのキーワードである

・リアルタイム化

・双方向化

・モジュール化

・個別化

 

リアルタイム化

 今までの書籍は執筆に時間がかかり、印刷後に誤字が見つかると増刷の際に修正するしかなかったし、何よりも読者に情報がタイムリーに届くまでに多くの時間を要していた。藤井保文さんがアフターデジタル2を書かれた際には、出版前の書籍をネットで公開いただくという試みをしていただいたので、ある集まりで読書会を開いて多種多様な質問をさせていただく会を開催させていただいた。これは出版に関する時間のギャップを埋める有効な手段であったと思う。しかし、デジタル書籍であっても、物理財と並行で作る限りは、リアルタイム性は失われたままであることは言うまでもない。

 

双方向化

書籍を軸としたコミュニティ形成のイメージ

書籍を軸としたコミュニティ形成のイメージ

 リアルタイム化が進むと、次に進展するのが双方化だ。例えば、NewsPicksでは、ニュースなどにコメントをつけるコメンテーターがいて、さらにそのコメントを読む読者がいて、様々な情報発信の多様化が図られている。おそらく記事を執筆した記者もそのコメントを参考にしつつ、次の記事を書いていることであろう。同様に、多くのWEB媒体では、視聴者のコメントに基づいて元のコンテンツが修正されるようなことは普通に行われている。書籍に関しても、書いたら終わりではなく、読者の反応やコメントを見て、内容をどんどん更新することが、著者自身にとっての価値につながることが十分予想される。また、読者のコミュニティなども活性化できるため、著者は最新の読者層の課題、悩み、感情などを把握することが出来るなど、著者、読者双方にとっての貴重なチャネルを形成することができる。

 

モジュール化

 モジュール化というのは、商品がバラバラに流通できたり価値を持つデジタルならではの進化である。以前新聞紙は編集者が厳選したコンテンツを限られた紙面に掲載し、しかも自宅まで朝夕配達することで、一種のパッケージ商品としての新聞を読者に提供してきた。価値の提供手段が物理的な媒体を通じてしか実施できなかったからである。しかし、モジュール化が進むと、個別のニュースだけを販売流通させることが可能になる。音楽で言えば、アルバムという概念でCDを押し付けられていた時代が終わり、曲単位で購入できたり、サブスクリプションで利用できたりするようになる。

 書籍についても、一冊丸ごと買うか、買わないかと言う選択肢以外に、部分的な引用や図の引用といったようなパーツ単位での再利用を合法的に認め、作者に恩恵がフィードバックされるような仕組みを作れれば、前述の不便でデータが取り出せないデジタル書籍という概念を打破することが可能となる。

 

個別化

 モジュール化できるようになれば、読者1人1人に異なるストーリーを提供したり、業界別のインサイトを入れたり、知識レベルに応じた補足をつけるなども可能となる。また、他の読者の反応や不明点に基づいて、読者に説明捕捉をすることも可能であろう。子供向けの絵本であれば、まだ学校で習っていない感じはひらがなに変換してあげるような親切機能も考えうる。

 このように本1冊を最小単位の塊として捉えるのではなく、細かいパーツに分解してデジタルコンテンツ化することにより、部分ごとに読者の反応や行動データを捕捉し、個別最適化を商品の開発、生産(書籍でいうと執筆)段階から適応することができる。もちろん、印刷という足かせから離れれば、このような執筆からの出版プロセス自体も、まったく新しいものに再構成することが出来よう。そして、そのようなプロセスが著者にとっても大きな価値をもたらすことができれば、その新しい世界観はまたたくまに業界全体に広まる事だろう。

 

新しい世界観

新しい世界観のイメージ

 このように書籍というものを、顧客提供価値に基づいて再構成した場合、提供するものはデジタル化された書籍ではなく、現在でいうブログのようなものになるかもしれない。つまり、物理媒体から離れた瞬間、価値提供の仕組は今とまったく異なるものになり、他の産業や商品と融合していくことが起こりえるのだ。

 しかし、出版業界が積み重ねてきた市場とのチャネルは活用できる場合があるし、著者とのネットワークも価値があるかと思う。このように新しい提供価値の世界観をイメージした場合に、その世界観に一番早く行きつくためには、既存のコアコンピタンスが活用できる場合も多い。

 この書籍と言うカテゴリーに強いナレッジを持つ企業(出版社、大手書店、仲介業)などであれば、このあたりのコアコンピタンスを多く所有し、新しい世界観を早く実現できるかもしれない。その一方で、これらのプレイヤーが従来の出版流通の仕組みや、そこでの常識に縛られすぎていると、新しい発想を持ち出すことが難しい。


 以上のように、amazon がリードしてきたように見えるものの、この書籍分野のDXは緒についたばかりではある。これから先についても、変わり始めるとすごい速さで変革が進むことも十分考えられる環境にある。どのようなプレイヤーがどのようにこの価値提供の仕組を変革していくかが注目される。

(荒瀬光宏)

 
 

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