日本の競争力の低下の要因と解決に向けて
日本の競争力の低下を実感した東南アジア赴任(2008年~2013年)
私は2008年から2013年の5年間、前職で海外赴任を経験させていただきました。それまで、海外で生活をしたことがなかったのですが、シンガポールを中心にバンコク、クアラルンプールなどのオフィスに足を運んだり、ジャカルタに拠点を開設するなど、貴重な経験を積ませていただきました。
現地では、様々な人種の皆様と働かせていただき、アジアの多様性を実感するとともに、同様に赴任生活をする多くの日本人や現地で独立して活躍されている日本人の方々とも交流させていただきました。
その中で、よく話題となったことは「日本の競争力が明らかにどんどん低下している」ということでした。この5年間は今でこそ失われた30年などと言われる中盤で、日本の国力に衰えが目立った時期と言えますが、2008年当時は、特に日本国内では日本の競争力について警鐘を鳴らしている人は少なく、警鐘が鳴らされていても、あまり現実感がなかった方が国内には多かったのではないでしょうか。つまり、相対性理論のような考え方になりますが、日本という市場の中にいると、その乗り物全体が減速していることに気づきにくいのです。結果的に激しい競争にさらされている東南アジアでビジネスをしている日本人が、口々に「日本にいる間はあまり感じなかったが、このままでは日本やばい(悪い意味の方の使い方です。念のため)」と言うようになりました。
では、どのような面を見て、東南アジアにいる日本人は日本の競争力の低下を感じたのでしょうか。
日本の競争力が低下したと感じた瞬間
シンガポールに転居した2008年当時、ニーアンシティのベスト電器に家電量販店に家電を購入しにいくと、そこにはソニー、日立、東芝、キヤノン、ブラザー、シャープ、パナソニックなど多くの日本ブランドの製品が売り場の主要部分を占め、ローカル店員さんには日本製のテレビやオーディオなどを強く勧められました。その理由は、日本製以外はすぐ壊れるからというものです。敢えて言えば、サムスンやフィリップスの薄型テレビは壊れにくいかなーというコメントもあったと思います。
ところが、私が帰国する2013年頃には、その家電量販店の風景が一変していたのです。日系企業のベスト電器ですら、日本製品は売り場の主要部分には陳列されておらず、韓国、欧州、インド、中国などの製品にその売り場を奪われていたのです。店員も、もはや日本製品は薦めません。理由を尋ねてみると、もはや壊れにくさでは大差はなく、機能品質では日本製品は他国製品に劣っているとの話でした。
これらの日本劣勢は家電製品に限らず、多くの分野でこのあと明白になっていくのです。東南アジアの責任者は売上数字は伸びていたので、全世界の責任者が集まる会議では一定の評価を受けていました。縮小する日本市場の売上に比べて、東南アジアの売上は拡大していたので、大きな顔ができたわけです。しかし、東南アジアの市場はその何倍も拡大しており、東南アジアにおける日本製品のシェアはどんどん低下していました。つまり、相対的に日本より売り上げが伸びていたからと言って、喜んでいられる状況ではなかったのです。
日本製品が売れなくなった理由
機能品質で日本製品が競争力を失った理由は、技術開発で遅れているという意味ではなく、他国ブランドが各国の多様な市場をしっかり観察して製品開発をしているのに対して、日本ブランドは日本人の価値観に基づいて機能開発をしてそれをアジアに輸出し、売れなければ「まだアジアの市場が成熟していないだけで、日本製品の方が進んでいるのだ」と思い続けていた点です。つまり、日本人のビジネス意識には、多かれ少なかれタイムマシン経営というものが連想されていて、アジア市場は日本の過去の姿であり、日本で流行したものは何年後かにアジアでもヒットすると少なからず思い込んでいたのです。この大きな間違いにより、日本は世界一であった製造業の分野ですら、市場のニーズとのずれを原因として、市場からみた価値を失って行きました。
日本人の多くは、宗教も、食事も、人種も、言語も、収入レベルも近しく、他国との人的交流も多くはない島国です。そのため、マーケティングの市場調査をしなくても、自分がいくらだったらこの商品を買いたくなるなと考えれば、それが日本市場で大きく外れることは無かったのでしょう。この日本人的な感覚が多くの間違いをアジア市場で犯しました。
日本人が自信をもってアジアに売り出した製品が次々とアジアブランドの製品に負けるようになったのです。アジアの現地ニーズを理解しないまま製品企画を日本で日本人が行い、現地法人も日本人がトップを務め、日本本社の意向を現地に伝え、ガバナンスを敷くことが第一義になっていました。実際に東南アジアの現地法人社長の課題アンケートでは、「従業員の窃盗をふせぐこと」が筆頭に上がっており、ガバナンス強化に最も関心が集まっていたことがうかがえます。逆に、現地市場のニーズを吸い上げて製品企画に反映させるというプロセスは非常に弱かったように思います。
売れなくなった製品の例
シンガポールのテレビは小さい国ということもあり、すべてケーブルテレビでの配信であり地上波のようなものはありませんでした。しかし日本のテレビは地上波のチューナーを内蔵しており、余分な機能が搭載されたまま当初出荷されていました。これに対して、韓国のメーカーは地上波チューナーを取り除き、その分のコストをネット通信などの他機能にあて、より市場のニーズに合致する製品の提供に注力しました。
インドにおけるカーエアコン市場では、どれだけ冷たい風が出せるかが性能の基準として評価されました。実際にインドで車に乗ると、多くの場合風は最強、温度は最低にセットされていました。しかし日本車は、0.5度単位で温度設定が変えられたり、人のいる方向に風が当たらないようにするなど、インド人にはまったく意味ない機能しか搭載していませんでした。インド人にとっての性能とは、どれだけ冷たい風が強く噴き出すかという点にしか無かったのです。
このようなニーズの不一致については、多くの現地スタッフから様々な声が上がっていましたが、現地法人トップにまでは届いても、日本の製品企画部隊に声が届くことは少なかったと思います。
当時アジアでのテレビ市場で最大手であったT社は、インドの社員から、電池を内蔵したテレビを作るべきだという意見書が何度も出ていたがそれが製品企画に反映されることはなかったそうです。その社員があまりにも何度も提案するので、試しに作ってみたところ、それがバカ売れしたと聞いています。インドでは局所的な停電が多く、停電になると当然ながらテレビも見ることができなくなるのですが、インドではクリケットの人気が高く、クリケットの試合がある日は1台のテレビの前に10人以上が集まって観戦することも少なくないのです。そのため、このテレビが停電で消えると、観客が怒って暴れることもあったといいます。
このような局所的停電対策としての電池内蔵テレビについては、電力供給が安定している日本では想像つかないものであり、現地スタッフの意見を取り入れたことで、成功につながった例かと思います。なお、このテレビは停電の多い他の東南アジア諸国でも大ヒットし、さらには東日本大震災後に日本でもヒットしたと聞いています。まさに、逆タイムマシン経営のようなことが起こった瞬間と言えます。
VOC(顧客の声)の分析と活用
そこで私たちは、このような多様な東南アジアにおける顧客の声を中国語、マレー語、タイ語などの多言語でSNSなどから収集して分析し、超高速PDCAを回すプラットフォームを開発し、2011年-2012年にローンチしました。このサービスにより、それまでなんとなくわかっていた事実がデータで裏付けられたり、意外な事実が浮き彫りになることは、新鮮な体験でした。また、このようなプラットフォームでは、クライアントの気にしているブランド名や製品、キャンペーン、プロモーションについての評判を知ることができるだけでなく、競合他社の製品についても同時にベンチマークすることができるようになりました。
クライアントの競合他社の特定製品の評判が特定地域、特定セグメントで悪化していることなど見て取れるようになったのですが、同時にその問題が1-2週間で急に改善されることに私たちは驚きました。つまり、その競合他社(韓国メーカー)は日本企業のクライアントより早く、その評判の悪化を把握し、超高速PDCAで問題を改善していたのです。
デジタルトランスフォーメーションの必要性
デジタルマーケティングに限らず、すべての領域において、事象をデータで把握し、超高速PDCAをまわせる状態になることはビジネスモデル上今や非常に重要であり、昨今ではネット上の情報に限らず、リアル世界のすべての事象がデータ化される時代になりました。だからこそ、超高速PDCAをまわしている企業とそうでない企業においては雲泥の差がつきます。だからこそ、日本の競争力を高めるためには、データで事象を捕捉して、超高速でPDCAをまわせるビジネスモデルに早く移行するデータトランスフォーメーションの重要性を切に感じています。人間の経験と勘と度胸(KKD)に依存しすぎない仕組みをいち早く少しでも多くの組織に適用する必要があると思っています。
上記が私がこのあと帰国後に、デジタルトランスフォーメーション(DX)を日本企業再生の手段として重要視するきっかけとなりました。
日本の競争力低下の原因
1つ1つが非常に重要なテーマであることは間違いありませんが、今回は上記DX以外の日本の競争力低下の原因について、当時感じたことを列記します。
1)経営とデジタルの融合
デジタルが単に従来アナログ世界で作られたビジネスプロセスの一部を代替するものとして考えられていることが多く、システム開発は下請け的な位置にある。デジタルを前提に価値創造の仕組みや経営の仕組がデザインされていない。DX経営人材を増やすことが重要である。
2)マーケティング思考の弱さ
日本人は日本市場での成功体験をベースにグローバルなマーケティングを考えている。しかし、世界の市場は日本の市場とは成り立ちも市場構成もまったく異なる。日本人的な経験と勘と度胸で海外市場で勝負しようとしてはいけない。
3)語学力、コミュニケーション能力の弱さ
他国の人とのコミュニケーションをする語学力やコミュニケーション力(プレゼンテーションやグループワークなどを含めて)が圧倒的に弱い。単一民族のメリットが、ここでデメリットとなっている。
シンガポールは日本人の多い国であるが、人口500万人余りの中で、日本人は2万人しかいない。率にすると、0.4%である。地球上の日本人の比率が2%程度であることを考えると、大変少ない比率である。では、日本人はどこにいるのだろうか? そう、ほとんど日本にいるのだ。今までは日本の大きな市場に支えられた日本経済をあてにしていしていれば何とかなったが、市場のグローバル化がこれだけ進んだにも関わらず、グローバル化していない海外経験の少ない人種は珍しい。
4)同調圧力が強い
自身で物事を考えず、世論に同調する傾向が強い。村社会できず築かれた日本人の心理は、周囲の人に嫌われないようにしよう、逸脱しないようにしようという意識が高く、自身で考え判断する力が弱い。
5)学校教育
世の中のデジタル化が進み、人類に求められる能力は、課題の発見、イノベーション、人を巻き込むリーダーシップ、コミュニケーション力などにシフトしている。しかし日本の教育は、いまだに詰め込み型の教育を大きく変えることができていない。最大の理由は学歴偏重社会や受験制度によるものであり、さらにその起源は現在の教育を設計した時点での発想が軍国教育であったためだと考える。つまり、同質で素直な人材を大量に排出することが教育の根幹であったからだ。
6)古い体質の行政
昭和時代に作られた仕組みで政治がおこなわれており、最新の社会環境に最適化されていない。それどころか、デジタルに明るくない高齢者がトップに多く、遅々として動かないものが多い。国の行政についてゼロから再設計する気概が必要だ。投票自体をオンライン化するだけでもデジタルネイティブの有権者が主体になるので、デジタルを使いこなせない政治家は当選できなくなる。抜本的な変化が発生するきっかけが熱望される。
7)法規制(レギュレーション)
規制業種におけるレギュレーションは国内産業保護という観点では必要だったかもしれないが、新しい価値創出、ベンチャー企業創出にはブレーキとなる。結果的に日本発のベンチャーがグローバルで活躍している事例は極端に少ない。社会が変革しているタイミングであるからこそ、新しい価値を産む事業やベンチャーが成長しやすいようレギュレーションを見直す必要がある。
以上、2008-2013年に東南アジアで感じたことを中心に記述しましたが、2021年の今現在でも、上記状況は大きく解決していないように思います。私はデジタルトランスフォーメーションを通じて日本の競争力を高める支援を続けますが、他の課題について取り組む皆様とも連携し、ぜひ経済力のある国を子孫に残したいと思っています。
(荒瀬光宏)
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