デジタルトランスフォーメーション研究所

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何のためにDXするの?

何のためにDをするのか?

DXに関わるすべての人にとって最も重要であるにも限らず、意外にクリアされていないテーマである。

経営者の皆様は、「当社もAIに取り組もう」「当社もビッグデータでデータサイエンスをしよう」「当社もDXをしよう」といった調子で誰かに指示を飛ばされるケースが多いのだが、それらをやって何を実現したいかまで併せて語れる人はすくない。それが語れるくらいデジタルがもたらす世界に明るい経営者であれば、おそらく誰より先にDXを先頭をきって進めているはずであり、いまDXに着手する企業の多くでは、「何のためにDXするの?」が明確になっていないことが多い

何のためという問いに答えるためには、現在の環境の変化についての認識、自社が向かうべき方向性、戦略、さらにその実現に向けて現状の何をどう変革しなければならないかという変革の方向性まで、多くの要素を整理する必要があり、これらを集約したものをDXのビジョンと呼ぶ。

参考)DXごっこ・・・デジタル化をDXと呼んでいませんか?

DXのビジョンは誰が考えるのか

このテーマについては、環境の変化、自社のいる産業構造、自社の強み、市場の動向など多面的な要素を念頭に、自分たちがどのように変わるべきかを整理し、「何のためにDXするの?」の共通認識を作る必要がある。

DXの意義が組織全体に伝わっているか?

さもなければ、「いざ出陣!」と号令をかけたものの、どこにいる誰と戦うのかを兵に伝えないままに戦に出るようなものだ。各自がばらばらに思い思いの敵と戦ってしまい、何がしたかったのかわからないまま、失敗戦になってしまう。これにより武器の扱い方がうまくなったり、何かしらの訓練になる部分もあるかとは思うが、兵糧や兵力の浪費になってしまい、兵の士気も大きく落ちる。

しかし、実際の現代のDXプロジェクトにおいては、そのような状況が多々見られる。そのため、DXの意義を組織全体に伝えるためのビジョンは重要である。

このようにDXのビジョンについて考え、わかりやすく整理し、組織全体に共有するのは、経営者が実行するべきだと今でも私は思っている。

参考)トップダウン型DX成立の条件

DXリーダーがビジョンを策定する場合

しかし、そうでない組織が増えてきている。そうであれば、DXリーダーを任された人材が、そのストーリーをしっかり検討し、関係部署と調整しながらトップに案として提示することになる。

当然、関係部署それぞれの思惑があるので、総論賛成だとしても様々な組織や人の都合が織り込まれ、さらにはDXリーダーが現状の組織文化を念頭に忖度してしまうため、変革レベルのDXであったはずが、単なる改善レベルにとどまってしまうことが多い。

このビジョンがマイルドになってしまう壁を乗り越えるには、DXリーダーがしっかりとした環境認識を持ち、DXの本質を理解し、企業の未来が自分の両肩にかかっているという覚悟でしっかりとビジョン策定にあたり、キーマン1人1人と向き合い、ビジョンを伝えていくことが重要である。

DXのビジョンに含むべきこと①環境の認識と産業の変化

DXのビジョンを整理する際の正攻法は、環境の認識の共有から始まる。ここで重要なのは、なぜその業界に大きな変化が訪れると言えるのかという説得性である。一般的には、顧客・市場のデジタルネイティブ化の進行がわかりやすい。顧客や市場が変われば、おのずと価値提供の仕組のあるべき姿が大きく変わる。

B2C市場であれば、市場におけるデジタルネイティブ(デジタルな消費をアナログな消費より快適と感じる世代)の割合が重要になろう。注意するべきは、自社が今まで接している顧客がアナログネイティブであるため、顧客インタビューをしても、「顧客はそんなものを求めていない」と結論づけてしまう井の中の蛙状態にならない事である。

B2B市場であれば、顧客である企業群が環境の変化によりサービスの提供の仕方を見直すタイミングで、そこに価値を提供している自社もサービス提供の仕方を変革しなければならない場面に遭遇することも予想される。しかし、このパターンは受け身的な要素もあるため、産業全体の変革を予見し、先回りして様々な変革を進め、あるいは顧客の変革を自ら提案するなどすることが、自社の進むべきDXビジョンとなる場合もある。このような場合は、ビジョンの中で自分たちが目指す姿を描きにくいため、いつか訪れる未来に備えて改善型DXを進めるというのが現実的な場合も多い。

仲介など、価値をマッチングすることにより価値提供していた産業の場合は、C2C、B2C、B2Bそれぞれがマッチングプラットフォーム化をしており、多くの事例が出ているので、環境の変化については共通認識を持ちやすいのではないだろうか。

参考)第四次産業革命とは何か

参考)第四次産業革命後のKSF(成功の要因)

DXのビジョンに含むべきこと②自社のあるべき姿

自社のあるべき姿を指し示すこと

自社のあるべき姿には、自社がとるべき差別化戦略(独自戦略)、新しい時代に対応する生き残り戦略(共通戦略)などを記載し、どのような顧客への価値提供の仕組が必要なのかを共有する。生き残り戦略は変化の速い不透明な時代で競争するために必要な戦略であるが、これについてはどこの企業でも凡そ同じことを記載することになる。差別化戦略は自社のコアコンピタンスを活かして提供できる価値提供の仕組を模索することになるが、「自社にしかできないこと」を考えていくとほぼ何も出てこない上に、それが顧客の求めていることでない可能性もあり危険性が高い。自社にも他社にも実現できるけど、自社が一番最初に実現する覚悟と準備、経営や組織の巻き込みなどを進めることが重要であり、自社ならではのコアコンピタンスは、いままで積み上げてきたコンピタンスの上に、これから築き、獲得すればよい。

参考)DX戦略の3類型とは

自社組織の中に複数事業体が含まれている場合は、上記の戦略を事業部ごとに立案し、それを抽象化して全社戦略を策定することも可能だ。ただ、全社ビジョンがない時点で事業部戦略を立案しても、環境の変化を十分意識していない戦略が乱立する可能性があるので、最低限の方向性を先に全社レベルで指し示すことが必要である。

機能や便利性を提供していた産業であれば、顧客ジャーニーを分析して、顧客に最適なサービスや商品を再定義する必要がある。心の充足や自己実現を支える要素の強い産業であれば、店舗で顧客の行動を見て最適な提案をしている瞬間だけでなく、様々なチャネルとデータを活用したデジタルでの顧客囲い込みが必要となる。

DXのビジョンに含むべきこと③自社の現状と課題、変革の方向性

企画として提出する際に非常にストレスのある部分である。ここまでの環境認識やあるべき姿には総論賛成であっても、いざ課題としてつきつけられると、抵抗勢力に回る人や組織は多いものだ。あくまでも「何が出来ていない」「誰がダメ」という表現ではなく、従来の環境ではこのような「組織行動」「スキル」「組織構造」「コミュニケーション方法」「開発方法」だったという形で従来のプロセスを変える必要を訴える。また、すべてのプロセスを変えなければならないかと言うと、そうでもない場合もある。組織内の抵抗勢力を無駄に増やさないためにも、変えなければならないプロセスの範囲を絞り、明確にすることも有効である。ただ、変えなければならないことは全社にまたがり、経営企画、人事、経理、システム部門など個別のセグメント単位で何を変える必要があるかを明示してやることも重要だ。

DXのビジョンに含むべきこと④変革のプロセス、役割分担

トップダウンで始動したDXプロジェクト以外では、全社一斉変革を実施しない場合が多い。出島型DXという一事業だけのDXを先行的に進め、そこで新しい価値提供の仕組、戦略、オペレーションを実践し、それに伴い、スキルセットの見直し、評価制度の見直し、新しい組織文化、新しいマネジメントとガバナンス、新しいコミュニケーション手法などを施行し、そこで得た経験や反省点を活かして全社展開する手法である。DXの生き残り戦略の1つでよく定義される「失敗から学びつづける組織になる」といったコンセプトとも通じる部分であり、全社で混乱状態になることを避け、変革のスキルを組織内で積むという観点でも有効である。

DX推進の道のりは長い

当然変革を支える横串の推進組織は必要で、たとえ1つの事業から始める出島方式であっても、責任者に経営トップを据え、全社展開を見据えた進捗管理を行う。DX推進本部のような組織がつくられることも増えているが、このような相談的組織が実施する役割としては、PMO(全社的な変革の計画立案と推進、課題への対応)、各種戦略策定の支援、各種制度設計の支援、最新テクノロジーの事業部支援、全社デジタルリテラシー向上のための研修、各種組織横断ワーキンググループの事務局、新しいシステム開発方式の導入など、組織によりさまざまだ。新しいスキルの定義や中途採用、新卒採用、社員の評価制度、マネジメントの仕組などは、人事関連部門のタスクになるが、人事関連部門は中期的な人事制度改定プロジェクトなどを走らせているなどの理由でDXを他人事と考えているケースも多い。人事についてはDXの重要部分であるため、しっかり対話を続け、施策の融合を図ることが重要だ。

DX推進の本丸となる各機能については、従来の組織を再編成し、あるいは役割分担するなどして、これらの機能を実装する組織設計を進める。これらのDX推進の本丸は通常経営機能をもつ組織の一部として、全社の中期経営計画や戦略策定実行活動と有機的に結び付ける。

DXのビジョンの共有

これらの必須条項を整理して記し、その過程で様々な部門と調整をしつつ、ビジョンが完成する。「何のためにDXするの?」という問いは、何のために変革しないといけないのかという問いであるため、ビジョンがここまで整理されて初めて問いに正しく答えられるということになる。

策定したDXのビジョンは作ったら終わりではなく、随時見直していく仕組みも必要である。考え、見直すプロセスも組織には重要な意味をもたらし、また、短期にPDCAを回すという観点でも、ぜひ見直しルーチンを定期的な活動にいれていただきたい。

策定したものは共有しなければならない。経営者は自身の口でしっかり説明し、自身が先陣をきって変わることを宣言することにより、その覚悟を組織全体に伝えることができる。伝え方としては、対面、動画、社内誌、ポスター、メール、プレスリリースなど様々な手段がある。一度二度で終わらさず、言葉を変えるなどして、繰り返し組織に伝えることが重要である。また、顧客、株主、取引先などにもしっかりビジョンを伝え、何かあれば対話することが重要である。DXの効果はすぐ出ないため、各ステークホルダーに過度な期待を与えてはいけない。単なる夢物語ではなく、それなりの投資や犠牲を伴い、中長期視点で見守っていただくべき活動であることをしっかりご理解いただかないと、1年後くらいから、とんでもない説明責任を負うことになる。期待値コントロールを失敗すると、DXを継続することすらできなくなりかねない。

「で、何のためにDXするの?」

DXの実現にむけて

ここまでビジョンをしっかり作っても、よく来る質問が「で、何のためにDXするの?」である。しかし、質問されずにスルーされるようりは、質問されたほうがずっとましだ。従業員、組合、役員、顧客、取引先、社会などすべてのステークホルダーに対して、この質問を投げかけられたとき、組織の誰もが正しい回答がそれぞれに出来るように、しっかり認識の共通化をすることが重要である。この「何のためにDXするの?」に答えられる状態になっていることが、組織がDXをするための最初の重要な一歩であり、この一歩が踏み出せないままDXを進めることでは、何も成し遂げることはできない。

(荒瀬光宏)

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