デジタルトランスフォーメーション研究所

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D2C/OMO戦略事例 FABRIC TOKYO 訪問

日本発のD2Cモデルであり、OMO事例でもあるという意味で気になっていたFABRIC TOKYO新宿店を訪問してきましたので、レポートいたします。世界最先端とは言え、米国と日本の違いや正規店とアウトレットとの違いもあるかと思いますので、そこは、一定の考慮が必要です。また、2022年6月の訪問ですので、時間とともに店舗側ビジネスモデルもアップデートされることが予想されます。

D2CとOMOとは何か

 D2Cとは「Direct to Consumer」の略で、「製造者がダイレクトに消費者と取り引きをする」という意味で、流通業や代理店を使わず、オンラインや店舗や製品の利用を通じて、常に自社が顧客との接点となり、ターゲットとなる分野でのお客様の課題を解決し、顧客体験をデジタルテクノロジーを核として最適化する戦略です。この顧客体験には、人も介在しますが、顧客との接点となる人は常にデジタルを核とした顧客体験デザインの一部を構成する要素として行動するという点です。米国ナイキルルレモンの事例などが該当します。

 OMOとは「Online Merge Offline」の略で、直訳すると「オンラインがオフラインを取り込む」という意味になります。狭義には商品の購買体験をデジタル/リアルをまたがって最適化された状態を指します。リアルな形ある商品等をオンラインで購入しても、店頭で購入しても、それらがシームレスに連動し、顧客に最適な体験を提供するビジネスモデルです。広義には商品の購買体験のみならず、消費体験までをリアル(モノ消費)、デジタル(コト消費)をシームレスに連動することになります。上記ナイキやルルレモンに加えて、米国ウォルマート、中国フーマーフレッシュなどの事例が該当します。消費体験をシームレスに連動している事例としては、日本のコマツの事例もOMO事例と言ってよいと思います。

これらの戦略はDXと言えるのか

 上述の事例企業のうち、ナイキ、ルルレモン、ウォルマートは以前は従来型企業であったにも関わらず、D2CやOMOに舵を切ったという観点で、企業のDXの事例と言えます。では、最初からD2C企業であり、OMOを実現していたフーマーフレッシュや今日ご紹介するFABRIC TOKYOはDX事例、つまり変革事例にあたらないのではないかという指摘をする疑問があることでしょう。確かに、これらは企業のDXには該当しないとと言えます。最初からそのような企業としてデザインされているから組織の変革は行われていません。しかし、エリック教授が今年DXを再定義したように、DXには、「社会のDX」、「企業のDX」など、様々なDXが存在し、フーマーフレッシュやFABRIC TOKYOは、「業界のDX」に該当します。「業界のDX」とは、業界の価値提供の仕組みが変革されることであり、両社はスーパーマーケットやオーダーメイドスーツの業界のこれまでの価値提供の仕組みを変革するプレイヤーという意味で、「業界のDX」と言えると思います。注意深く見なければ、従来の業界の価値提供の仕組みと大きく変わっていないように見える場合もありますが、本質的な差異を理解し、その延長に想像可能な未来の価値拡張性というものをしっかり捉えることが重要です。

FABRIC TOKYOとは

実際に訪問した新宿三丁目店のディスプレイ

 FABRIC TOKYOは、最初からD2C企業として2012年に設立されたオーダーメイドスーツ企業です。オーダーメイドスーツは、以前から専門店や百貨店が提供していた伝統的な業界であり、アナログ世代の店員がアナログ世代の顧客にサービスを提供している構図が多かったかと思います。しかし、FABRIC TOKYOのターゲットは、このようなオーダーメイドスーツに慣れた世代ではなく、むしろ、デジタルに強いと言われるミレニアル世代、Z世代となります。FABRIC TOKYOは、これらの世代が最も快適と感じるデジタルを活用した新しい顧客体験をデザインしオーダーメイドスーツ業界を変革しています。

 では、なぜ若者世代は、このようなブランドに惹かれるのでしょうか。以前、講演会で森社長が挙げていたいくつかのポイントを紹介します。

1.         若年層は個性を重視する世代であり、オンリーワンを所有する意欲がある

2.         アパレル業界の大量生産は、廃棄を産むという観点で、サステナビリティを重視する若年層にとって敬遠する対象になりつつあり、無駄を産まないオーダーメイドへの関心は高い

3.         化学繊維のリサイクルが可能な技術を追求しており、回収する店舗(アップサイクル)などのフィロソフィが、サステナビリティを重視する若年層にさらに受けている

 単にデジタルに抵抗のない若年層をターゲットにするだけでなく、どのような世界観で若年層のココロを掴むのかというフィロソフィやパーパスが核となっており、それを実現するためにデジタルを手段として活用するという点が、多くのファンを引き付けているように思います。

 なお、FABRIC TOKYOは、コロナ禍でスーツを購入する顧客が減った中で、カジュアルアパレルのオーダーメイドや女性向けオーダーメイドなどカバレッジを広めていることを補足いたした上で、訪問レポートに移りたいと思います。

採寸のための予約をする

実際に訪問した新宿三丁目店の様子

 デジタルと言いながら、採寸のようにリアルで行うべき部分は、しっかりリアル接点を設計するのが、D2CやOMO戦略の重要な要素です。今回は、FABRIC TOKYOのWEBサイトを訪問したところ、サービス全体の流れがわかりやすく解説されていましたので、非常にスムースに最寄りの店舗を検索し、予約を取ることが出来ました。

 予約が必要な最大の理由は、顧客の待ち時間を無くし、採寸に十分時間をかけて丁寧に実施することが目的です。

店舗を訪れる

まず必要な追加情報をiPadで入力する

 私の場合はオフィスのある東京の四ツ谷から一番近い新宿店に伺いました。私は移動中にFABRIC TOKYOのWEBサイトから会員登録してみましたが、非常にスムースに操作を完了することが出来ました。新宿店はマルイのテナントとして入っており、若年層の多い場所を狙って出店している印象を受けました。店舗には2名の店員さんがいらっしゃって、1名の方が接客をされて、1名の方が受付で私を待っている状態でした。予約画面から見ても、実際に稼働する店員のスケジュール管理と、顧客の予約管理が完全連動しているのは明らかで、従業員にとっても無駄のないオペレーションと言えます。お陰様で、待ち時間ゼロで担当の方と要件をお伝えすることができました。

 私の予約は予約時点では会員登録していなかっため、会員情報とは紐ついていなかったため、店員さんは最初に私に会員登録するように促されました。私はすでに、登録したことをお伝えし、必要な追加情報などを、店頭のiPadで追加登録しました。おそらく、このビジネスモデルは、すべてが会員向けWEBアプリ中心に運用されるため、会員登録をしない限り、サービスを受けられないものとなっていると思います。従来型オーダーメイドスーツでは、会員登録などしなくてもサービスは受けられたでしょうから、そこは大きな差異ですが、おそらく会員登録したくない人は、この店には来ないのでしょう。

採寸する

採寸中の筆者

 店頭を訪問した最大の目的は、採寸です。ご担当の方に体の寸法を13か所測っていただきました。百貨店では、通常紙にメモしますが、ここではすべて先程のiPadを使い、システムの指示に従って店員さんが画面に入力されていました。このように、属人性を排除し、データを正規化するために手順に沿ってリアル接客をすることは、OMOの基本であり、測り忘れなどのミスを無くします

 この採寸の過程で、私の最も好きな音楽が店内にBGMとして流れてきました。私は、てっきり会員登録の際にSNS連携をしたので、私のソーシャル情報からよく聞く曲を検索して流しているのではないかと店員さんに訪ねてみましたが、これは偶然だったようです。

カウンセリング

デジタルが苦手としている素材選び(実際の生地サンプル)

 採寸が終わったら、再び最初のテーブルに戻り、発注方法のカウンセリングを受けます。発注プロセスの主な要素は、オプションを決めることと素材を決めることです。これらのプロセスも、すべてWEBアプリで行います。オンラインでの操作も店頭での対応も、共通したWEBアプリで実行するため、店員さんと一緒に一度操作すれば、顧客は次からオンラインで操作するときも、戸惑わなくて済む仕組みです。また、採寸した情報はすでにこのシステムに取り込まれているため、サイズが変わらない限り、オプションと素材を選べば何着でもスーツやジャケット、チノパンなど自由に発注できるサービスになっていました。データのワンソースマルチユースは、デジタル世界での常識になっていますね。

 ここでいうオプションとは、ポケットの形や襟の形などのバリエーションであり、画面を見ながら選んでいくというシンプルな操作です。今回はスーツを見積っていましたので、ズボンを2着にするなどのオプションを選ぶと価格が上昇するような有料オプションと、無料で選べる選択が候補に並んでいるようなイメージです。

 問題は素材選びです。スーツの生地と裏地を順に決定します。もちろん素材によって値段が異なるのですが、こればかりは手触りなどあり、特に黒い生地などは見分けすらつかず、WEBだけでは決め切れません。私は店頭で肌さわりを確認することができましたが、オンラインで追加発注する方は、サンプル生地をワンタッチで郵送してもらうこともできるそうです。このように、リアルでないとうまくいかない部分を、いかにストレスなくデジタルな顧客体験に組み込むかは、OMO戦略において顧客体験価値を高めるために重要かと思います。

発注する

 すべてのパラメーターを決定したら、発注です。従来企業では、店舗とECサイトは別モノとして設計されており、店舗から見てECサイトは売り上げや顧客をとりあう競合となることすらあります。その店員は、店舗内の売上を最大化するように行動するよう手順やマネジメントや評価やガバナンスを設計されているためです。しかし、D2C企業やOMO戦略においては、この競合が発生しないようにすべてが設計されており、顧客が自身の好きなタイミングで好きな場所で発注を決められるようになっています。すべての顧客は会員登録しており、そこに登録した決済手段で支払いをするために、店頭にはレジはありません。顧客は店内で購入しようが、自宅に帰って購入しようが、同じWEBアプリから注文を確定するだけですので、店員はその場で発注を決断するように求める必要はありません。顧客がいつどこで注文しようと、その店員の貢献した分が同様に評価される制度となっているためです。このように顧客接点である店員の行動を変容させることが既存組織では難しくDXのポイントとなるのですが、最初からD2Cで設計されている同社では、このような組織行動がスムースに実現されていました。

 今回、念のため店員さんに尋ねてみました。

私「今発注しなくても〇〇さんの評価にちゃんとつながるのですか?」

店員「はい、何も問題ありません。ゆっくり検討して決定ください」

 スーツのオーダーの場合は、ズボンの数とかオプションなど、奥様に相談して決めたい方も多いのではないでしょうか。その場で決断をせまられて慌てて電話するなどの無駄な時間や手間が省けるわけです。従来型企業では、このような顧客体験を経営者がイメージしていたとしても、現場では自身の評価のために顧客の意にそぐわないオペレーションになっていまうことが大いに発生します。D2C/OMOにおいては、このような課題を解決するないしは最初から課題が発生しないように組織行動を設計していることが大きな特徴です。

アフターサービス

 こちらのスーツは自宅に配送されるため、実際に着てみた際に課題があった時のフォローが心配になる顧客は少なからずいることでしょう。同社では、50日間無料でお直しをしてくれるサービスを提供されていて、オンラインならではの顧客の不安を徹底的に払拭できるような配慮は、D2C企業にとって非常に重要です。

 また、注文すればするほど顧客のステータスがあがるようなお楽しみ(ゲーミフィケーション)も搭載されており、単にサイズやオプションのデータを保管するだけでないブランドと顧客の結びつきの強化策に取り組まれていました。

購買体験OMO戦略の整理

 FABRIC TOKYOの購買体験OMO戦略のモデルを整理すると、以下の図のようになります。OMO戦略でよく提供されている在庫確認、取り置きという発想は、オーダーメイドであるため、存在しないものと思われます。また、注文、決済、商品渡しというプロセスをすべてオンラインに一本化することにより、顧客との取引のすべてが最初からデータで管理できる形態を目指しているパターンとなります。このパターンのデメリットは、会員登録やオンラインが前提となるため、例外的な顧客を受け付けられないことではありますが、結果的にそれによりデータで管理しやすくなるため、この点はメリットであるとも言えます。サイズ情報という顧客データを活かすビジネスモデルであることを考慮すると、正しいOMO戦略と言えます。

FABRIC TOKYOの購買体験OMO戦略のモデル

従来型オーダーメイドは何故これができないのか

 以上の流れは、D2Cというものの性格を知っていれば、当たり前の流れではあります(実現するのは大変です)が、意外に百貨店や仕立て屋では、どこも実現できていません。その理由はいくつかあります。

1.         顧客も店員もデジタルに苦手意識を持っていたので、このままで良いと妄信していた

2.         顧客全員がデジタルを受け入れ会員登録しなければ、アナログデジタル混在となり逆に非効率となる

3.         従来型企業は事業継続性上、既存顧客であるアナログ世代を切り捨てることはできない

4.         結果的に、アナログなサービスだけを延々と続けるしかない(デジタルなサービスは別途担い手が現れて、二極化する)

5.         手順やマネジメントや評価やガバナンスも従来型であり、その中でしか組織行動は進化できない

などが重要な要素かと思います。つまり、既存のアナログ世代を持っていると、新しいデジタル中心のサービスに移行できず、店員の行動も変えられないというわけです。これに敢えて挑むのが企業のDXですが、今回のようなオーダーメイドスーツの分野において、百貨店があえてD2Cに挑むとすれば、既存事業と別に新規ブランドで新規サービスを全く異なる仕組みで立ち上げることが現実的でしょう。その場合も既存事業とのカニバリゼーションを差配するトップの関与が必須になると言えます。

 以上、本日初めてFABRIC TOKYOに訪問しましたので、その体験を含めて、これらのビジネスモデルについて、ご紹介させていただきました。

(荒瀬光宏)


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