DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉は近年、さまざまな場面で耳にするようになりました。
しかし、その本質や定義について、十分に理解されていないケースも少なくありません。今一度、DXとは何か、その歴史や背景を整理し直すことには大きな意義があります。
本記事では、DXの提唱者であるエリック・ストルターマン教授による初期の定義から、経済産業省やガートナーなど主要な団体による解釈、さらにデジタルトランスフォーメーション研究所がまとめた最新の見解まで、分かりやすくご紹介します。
DX定義の変遷
DX概念を最初に提唱した論文の主旨
DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、2004年にエリック・ストルターマン教授(当社エグゼクティブアドバイザー)が論文「Information Technology and the Good Life」で提唱した、「社会の変化」を表す概念です。
同論文では、ITが現実世界と徐々に融合し結びつくことで、「人々の生活のあらゆる側面にデジタル技術が引き起こす、または影響を与える変化」としてDXが説明されています。
日本におけるDXの定義の変遷と特徴
2011年頃、IDC Japanはイベント等で初めて「DX」という言葉を日本に紹介しました。
その後、ベイカレントコンサルティング社の書籍『デジタルトランスフォーメーション』(2016年)や、グロービスが翻訳した『LEADING DIGITAL』(邦訳版2018年)などの出版も相まって、「企業が戦略的に変革を実行する」という意味でDXが使われる流れが強まりました。
こうした流れを受け、当研究所は2017年に「企業が戦略的に変革を実行する」という趣旨でDXを再定義しました。
これら一連の動きは、経済産業省によるDXの定義(2018年)にもつながり、DXは「社会の変化」ではなく「企業が戦略的に変革を実行すること」として一般的に解釈されるようになりました。
また、英語圏では「DT」や「DX」いずれかで表現されていたDigital Transformationですが、経済産業省が「DX」と明確に表記したことで、日本国内でも「DX」という表記が主流となりました。
以降、日本では「企業が戦略的に変革を実行すること」としてのDXの考え方が産業界に広く普及しましたが、デジタル化との違いについては認識が曖昧なまま使われることが多いのが現状です。
さらに、2019年には政府が閣議決定した基本計画において、経済産業省の定義とは異なる言葉でDXが再定義されました。この新たな定義は2021年に総務省の白書でも採用されています。
また、自治体や行政でもDX推進の動きが活発化した結果、「企業が戦略的に変革を実行すること」としてのDX定義では、自治体や行政におけるDXを十分に表現できなくなっています。
DX定義の改訂
DXという言葉の使われ方が変化した現象は、日本だけでなく世界各地でも見られました。そのため、こうした混乱を解消することを目的に、エリック・ストルターマン教授は、当社の支援のもと、共同でDXの定義を再検討しました。
ストルターマン教授と当社は、DXの本質を維持しながらも、利用する場面ごとに理解しやすいよう「社会のDX」「企業のDX」「行政のDX」という3つの定義に分離し、定義の改訂を行いました。
代表的なDX定義の詳細と解説
エリック・ストルターマン教授による世界初のDX定義(2004年)
「デジタルトランスフォーメーション(DX)」という言葉は、2004年にスウェーデン・ウメオ大学のエリック・ストルターマン(Erik Stolterman)教授が、論文「Information Technology and the Good Life」で提唱しました。
ストルターマン教授は、DXを「ITの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向へ変化させる現象」と定義し、DXの特徴として以下の点を挙げています。
- 情報技術と現実世界の融合
DXによって、情報技術と現実世界が徐々に結びつき、融合していく変化が生じます。 - デジタルオブジェクトの現実素材化
デジタルオブジェクトが物理的現実の基本的な素材となる。たとえば、設計されたデジタルオブジェクトが、人間の環境や行動の変化をネットワークを介して知らせる能力を持つ、といった変化が見られます。 - 研究への新たな課題とアプローチ
DXの進展に伴い、現代の情報システム研究者には、より本質的な情報技術研究のための新しいアプローチや方法、技術の開発が求められています。
現在では、これらの環境変化は「第四次産業革命」という言葉でも語られ、私たちの身の回りでもその影響を実感できる事象が増えています。しかし、2004年当時は現実世界とデジタル世界の融合を本格的に論じていた人は、ほとんどいませんでした。
ストルターマン教授の論文では、企業や個人がこうした変化に対応する必要があること、そして従来のITのような開発者視点ではなく、顧客や利用者の体験を重視したシステム設計の重要性、さらにそれらの手法を確立するための研究が不可欠であることが主張されています。
なお、ストルターマン教授の論文は、「より良い生活のために技術を批判的に検証する研究の出発点として、適切な研究ポジションを確立する試み」と位置づけられており、DXに対する研究アプローチや方法論についても論じています。
エリック・ストルターマン教授によるDX定義のアップデート(2022年)
2022年、エリック・ストルターマン教授は当社と協働し、DX(デジタルトランスフォーメーション)の定義を改訂しました。
この改訂の目的は、主に次の2点です。
- 2004年の定義は「社会のDX」という社会全体の変化を指していましたが、実際には、組織による戦略的な自己変革という意味合いで使われることが増えてきました。そのため、社会のDX、行政のDX、企業のDXの3要素で整理し直す必要がありました。
- 多くの組織がDXを単なるデジタル化と混同し、自己変革に失敗している現状がありました。そこで、DX成功に不可欠な要素を新しい定義に組み込みたいと考えました。
改訂された定義について、当社による翻訳は以下のとおりです。
社会のDX定義
デジタルトランスフォーメーション(DX)は、人々の生活のあらゆる側面に影響を及ぼします。これは単なる技術的な発展にとどまらず、社会を構成する私たちが、リアル空間とデジタル空間の融合によって高度に複雑化し、変化し続ける世界とどのように関わり、接していくかに深く関わる広範な変化です。
DXは、よりスマートな社会を実現し、一人ひとりが健康で文化的な生活を享受できる、持続可能な未来の創出につながる可能性を持っています。
行政のDX定義
デジタルトランスフォーメーション(DX)は、あらゆる組織や分野においてスマートな行政サービスの展開や、革新的な価値創造の支援を可能にします。
さらにDXは、住民に対してより安全・安心で快適な生活環境を提供し、持続可能な社会を実現するソリューションの創出にも寄与します。これにより、住民の幸せや豊かさ、情熱の実現とともに、地域やエリア全体の価値向上にもつながります。DXは既存の仕組みや手続きへの挑戦を促し、より住民本位の革新的な解決策を協働で考える機会を生み出します。その推進には、組織のあり方や文化を革新的かつアジャイル、協調的に変革していくことが求められます。
また、DXはトップマネジメントが主導する一方、すべてのステークホルダーが変革に参加することが不可欠です。
企業のDX定義
デジタルトランスフォーメーション(DX)とは、企業がビジネスの目標やビジョンの達成に向けて、その価値や製品、サービスの提供方法を抜本的に変革する取り組みです。
DXを推進することで、顧客により高い価値を提供し、企業全体の価値向上を実現することが可能となります。また、DXの実現には、戦略、組織行動、組織構造、組織文化、教育、ガバナンス、手順など、組織のあらゆる要素を変革し、デジタル技術を活用した最適なエコシステムを構築することが求められます。
DXはトップマネジメントが主導しつつ、全従業員が変革に参加することが不可欠です。
デジタルトランスフォーメーション研究所による民間企業向けDX定義(2017年)
2017年、当社はデジタルトランスフォーメーション(DX)の定義を策定しました。
本定義は、日本社会の競争力向上を目的に策定・提供しているものであり、出典を明記していただければ引用・転載を推奨いたします。
デジタルトランスフォーメーション(DX)とは、経営視点で以下の取り組みを遂行することです。
1. デジタルテクノロジーの進展で劇的に変化する産業構造と新しい競争原理を予測し
2. 自社のコアコンピタンスを活用して他社より早く到達可能なポジションと戦略の策定
3. 戦略実現のための新しい価値とサービスの創造、事業と組織の変革、意識と制度の改革
を経営視点で遂行すること
経済産業省によるDX定義(2018年)
まず、経済産業省が2018年に示したデジタルトランスフォーメーション(DX)の定義を、以下に引用します。
“企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。”
本定義についての詳細な解説は、次の記事を参照ください。
→ 経済産業省のデジタルトランスフォーメーション定義を徹底解説|DX推進の本質と実践ポイント
日本政府によるDXの定義(2019年)
世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画(令和2年7月17日閣議決定)における定義(2019年)を、以下に引用します。
“将来の成長、競争力強化 のために、新たなデジタル技術を活用して新たなビジネスモデルを創出・柔軟に改変すること。企業が外部エコシステム(顧客、市場)の劇的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネスモデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること”
参考文献・出典
- ”エリック・ストルターマン” ウィキペディア(2024年12月)
- エリック・ストルターマン. “Information Technology and the Good Life” 原文(2004年1月)
- George Westerman. “Leading Digital”(2014年10月)
- ベイカレント・コンサルティング. “デジタルトランスフォーメーション”(2016年9月)
- 経済産業省. “デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)Ver.1.0”(2018年12月)
- “世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画”(2019年7月)
- エリック・ストルターマン. “A new definition of Digital Transformation together with the Digital Transformation Lab, Ltd.”(2022年2月)
執筆者:デジタルトランスフォーメーション研究所 代表取締役 DXエバンジェリスト 荒瀬光宏|荒瀬光宏 プロフィール
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