「既存事業の改善(深化)ばかりに追われ、新しい価値創造(探索)に踏み出せない」
多くの日本企業が直面するこの課題を解く鍵が、経営学のベストセラー『両利きの経営』です。本書は、企業が持続的に成長するために「深化」と「探索」の両立がいかに重要かを説いています。
本記事では、本書の書評とともに、DX推進の専門家である荒瀬光宏の視点から、「両利きの経営」と「DX」の概念の違い、そして「深化と探索」を両立させるための具体的な実践ポイントを分かりやすく解説します。
目次
書籍『両利きの経営』とは(概要)
発行日:2019年2月28日
著者:チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン
解説:入山章栄、冨山和彦
発行所:東洋経済新報社
書籍の構成:「深化と探索」をどう解説しているか
第1部:なぜ「深化」だけではダメなのか(サクセストラップ)
変化に対応できずに消滅した企業事例と成功事例を通じて、「イノベーションのジレンマ」だけでなく「サクセストラップ」からも逃れ、イノベーションを連鎖的に起こせる組織の特徴を分析しています。
第2部:「深化」と「探索」を両立させる組織とは
「深化」と「探索」を両立する組織を構築・運営する「両利きの経営」を、企業事例を対比しながら示し、成功のカギを浮き彫りにしています。
第3部:両立を実現するリーダーシップと4つのポイント
「戦略的意図」「経営陣の関与・支援」「組織構造」「共通のアイデンティティ」の四つのポイントと、「探索」と「深化」という矛盾する組織行動をドライブするリーダーシップの在り方を解説しています。
「既存事業(深化)」と「新規事業(探索)」の両立に悩む経営層・DX担当者へ
イノベーション創出に苦労している経営者の皆さまにぜひお読みいただきたい一冊です。また、本書のポイントはDX成功のヒントにもなるため、DX推進に課題を抱えているDX推進担当者や経営企画部門の皆さまにもお薦めいたします。漠然と抱えていた疑問や選択可能な打ち手をイメージしやすくなるはずです。
書評:DX推進の視点で読む「深化と探索」の概念
まず前提として、当研究所ではDX(デジタルトランスフォーメーション)を「デジタル技術の活用を通じて、企業のビジネスモデルや組織・文化を変革し、競争優位性を確立すること」と定義しています。(詳しくはDXの定義をご覧ください。)
過去の巨大企業や覇権を誇った企業も、環境の変化に対応できずに滅びました。そのため、「探索」と「深化」を両立できる組織運営が欠かせません。本書の強いメッセージはDXと通じる部分が多く、大変参考になりました。DXの目的は、環境変化に対応してイノベーションやサービス価値の向上を継続し、企業価値を高め続けられる企業になることだからです。
通じる部分が多い一方で、異なる部分もあります。ここでは、両利きの経営とDXの違いを3つの視点で整理します。
1. 環境認識の違い(普遍的な経営 vs デジタル戦略)
- 両利きの経営:長い歴史の中で環境変化に直面した企業の姿勢を軸に、普遍的な企業経営の在り方を示すコンセプトです。
- DX:デジタル技術の躍進に直面した企業が、差別化のためにどのようなデジタル戦略を立案・実行し、変革を行うかを示すコンセプトです。
2. 言葉の違い(「深化と探索」 vs 「カイゼンと価値創造」)
- 両利きの経営:「探索」⇔「深化」
- DX:「価値創造」⇔「従来ビジネスのカイゼン」
両利きの経営でいう「探索」は、新しい価値創造を意図しており、言葉こそ異なりますがコンセプトに差はないと考えます。
3. ゴールの違い(常態化 vs プロジェクト)
- 両利きの経営:「探索」と「深化」の両立を常態化する試みであり、取り組みに終わりはありません。
- DX:環境変化に合わせて変革を行えば、その時点でプロジェクトが終了すると考えられがちです。
DXにも「終了」という意味のゴールはありません。あえて言うならば、環境変化に適応し続けられる組織になることがゴールだとお伝えしています。
「深化と探索」を両立させる4つの実践ポイント
本書は、DX推進者が「深化と探索」を両立させる具体的なヒントに満ちています。特に重要なポイントを4つに整理して解説します。
1. 組織構造:どう分離し、どうコントロールするか
「探索」と「深化」は、組織行動もマネジメント手法も大きく異なります。両方を同時に要求するだけでは、組織はストレス下で本業(深化)のみに集中しがちです。そのため、両者の摩擦を低減する組織構造が重要になります。
本書では、トップがハブとなり「探索」と「深化」を担うユニットを定義する「ハブ・アンド・スポーク型」(図1)や、各ユニットが責任を持って両方をコントロールする「チーム重視モデル」(図2)が紹介されています。


2. マネジメント:評価と指標をどう変えるか
両立を成功させるには、全社的なマネジメントが鍵となります。例えば、各ユニット幹部が一斉研修を通じて意思決定やリソース配分などの共通理解を持つことが重要です。
また、評価制度も変革しなくてはなりません。報酬はユニット単体の損益ではなく「全社業績」に基づいて決定します。特に「探索」ユニットには既存事業(深化)と同じ指標を適用せず、マイルストーンの達成度や顧客浸透率・満足度などで管理することが求められます。
3. リーダーシップ:トップと現場の役割
リーダーの重要な役割は、戦略上最も魅力的な機会へ組織を挑戦させることです。「探索」の継続には、トップダウンの強力なビジョンと、現場からのボトムアップの組み合わせが不可欠です。
4. 失敗の本質:なぜ「探索」は実行できないのか
多くの企業が「探索」に失敗する主因は、インサイト(洞察)不足ではありません。本当の主因は、「探索」のアイデアを実行に移せない組織の仕組みや文化にあります。
不正会計や経営者の暴走といった不祥事も、突き詰めれば、既存事業の「深化」に偏りすぎ、環境変化に対応する「探索」=両利きの経営ができなかったことが根本原因である、と本書は指摘しています。
補足:「探索(新規事業)」の具体的な進め方
本書では「深化」と「探索」の両立の重要性が説かれていますが、多くの日本企業は特に「探索」、すなわちDXを活用した新規事業の創出に課題を抱えています。
当研究所では、大企業がDXで新規事業を創出するための具体的なプロセスやフレームワークを、AIの活用法も交えて詳細に解説しています。「探索」をどう実行に移すべきかお悩みの方は、ぜひ併せてご覧ください。
→ DX新規事業創出の全プロセスを解説|大企業向けフレームワークとAI活用法
また、このプロセスを実践的に学ぶための研修プログラムも提供しています。
まとめ(関連書評のご案内)
本書は、DXの目的である「環境変化に対応し、イノベーションとサービス価値の向上を続け、企業価値を高め続けられる企業になる」ための実践手段として大いに参考になります。本ブログの読者の皆さまにぜひお薦めしたい一冊です。同時に、このコンセプトを理解し実践する経営者が増えることを願っております。そのためにも、経営者のリスキリング実践が重要であると再認識いたしました。
なお、両利きの経営のコンセプトをもとに組織変革に取り組んだ日本企業・AGC社を舞台にした続編、『両利きの組織をつくる』の書評も掲載しております。ご興味があればぜひご覧ください。

株式会社デジタルトランスフォーメーション研究所
代表取締役/DXエバンジェリスト
DX推進・企業変革の専門家。豊富な現場経験と実践知をもとにコンサルティング、企業研修、講演活動を行う。
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