デジタルトランスフォーメーション研究所の荒瀬光宏です。2025年5月3日放送のテレビ東京『円卓コンフィデンシャル』にDX専門家として出演し、マルハニチロ・LIXIL・アシックスのDX推進担当者と議論を交わしました。
本稿では、番組で語られた現場のリアルな事例を、「生成AI」「データドリブン」「組織行動」の3つの軸で整理。専門家の視点で成功のポイントを深掘り解説します。さらに、経済産業省による最新の「DX銘柄2025」等の評価理由と照らし合わせ、各社がなぜ変革に成功しているのか、その核心に迫ります。
目次
マルハニチロのDX:堅実な「守り」から信頼を築く
生成AI:暗黙知の「共有知化」と現場実装
食品表示のチェックなど、法規制遵守や品質管理において「ミスが許されない」繊細な業務。マルハニチロでは、ベテラン社員の頭の中にあるノウハウや過去の事例を生成AIに学習させ、誰もが参照できる「共有知」にする取り組みが進んでいます。
いきなり全社展開するのではなく、効果が見込める特定の業務から着手し、短期間で成果(クイックウィン)を上げるアプローチが功を奏しています。「AIに聞けば正解に近づける」という体験が、現場への浸透を加速させています。
データドリブン:入力の「目的」を現場に還元する
現場にとって、日々のデータ入力業務は負担になりがちです。抵抗感を解消するためには、「本社が集めたいから」ではなく、「データが正しく循環すると、現場の業務がこれだけ楽になる」というメリットを丁寧に共有することが重要です。
目的が不明確なままデータ収集を行うと、いつしか「データをためること」自体が目的化してしまいます。これを防ぐには、データの利用目的の明確化と共通認識の形成が不可欠です。
組織行動:「守りのDX」で時間を生み、信頼を得て「攻め」へ
DX推進において、既存業務を否定すると現場との軋轢が生まれます。まずは今の業務を楽にする「守りのDX」で効率を高め、現場に思考する時間と余裕を創出することが先決です。
その上で、創出したリソースを新しい価値創造へシフトさせます。「守り」はあくまで手段であり、最終目的は「攻めのDX」であるとロードマップを示すことが、活動の停滞を防ぎます。
評価:「DX注目企業」選定の背景
マルハニチロは、「DX注目企業2025」(DX Hot Companies 2025)に2年連続で選定されています(PDF)。
「注目企業」とは、DX銘柄(グランプリ等)の次点にあたり、今後の飛躍が期待される企業を指します。歴史ある食品業界において、現場の心理的障壁を丁寧に解きほぐし、着実にデジタル基盤を整えている姿勢が評価されています。「これからDXを本格化させる」企業のモデルケースと言えます。
LIXIL(リクシル)のDX:共通言語化とトップの覚悟
生成AI:コールセンターの「感情」分析と品質向上
LIXILでは生成AIを活用し、コールセンターの対応履歴から回答案を作成するだけでなく、顧客の声(VoC)の分析を高度化しています。経験の浅いスタッフでもベテラン並みの対応ができるよう支援するほか、今後は顧客の感情や潜在課題の分析を進めることで、さらなるサービス品質の向上が見込まれます。
データドリブン:顧客体験KPI(NPS)を組織の共通言語に
DXの目的がブレないよう、顧客体験の向上を最重要視し、NPS(ネットプロモータースコア)を全社の共通KPIとして定点観測しています。
部門が異なれば言葉も文化も異なりますが、数字という共通の「ものさし」を持つことで、組織横断での会話が可能になります。施策の効果を客観的にレビューできる環境づくりが、真のデータドリブン組織への移行には欠かせません。
組織行動:トップの「本気度」を可視化する
ノーコード開発ツールを現場へ浸透させる際、役員自らがアプリを作成して見せるというパフォーマンスが非常に有効でした。「忙しい役員でも使えるのだから、現場が使えない理由はない」という状況を作り出し、本気度を可視化したのです。重要テーマでは、トップが率先して旗を振り続ける姿勢こそが最強の推進力になります。
評価:「DXプラチナ企業」選定の背景
LIXILは、2025年に新設された「DXプラチナ企業2025–2027」に初選定されました(Newsroom)。
これは、過去に3回以上「DX銘柄」に選定された企業のみが対象となる、いわば「殿堂入り」に近い最高位の評価です。2024年のDXグランプリ受賞に続き、一時的な変革に留まらず、企業文化としてデジタル活用が根付いていることが証明されています。
アシックス(ASICS)のDX:楽しさと対話で巻き込む
生成AI:「遊び心」で心理的ハードルを下げる
新しい技術へのアレルギーをなくすため、社内で「画像生成AIコンテスト」を開催。多くの社員が楽しみながら生成AIに触れる機会を作りました。
参加者が実際に手を動かすことで、「AIに何ができて何ができないのか」を体感できます。現場が自ら業務とデジタルの接点を考えるきっかけを作るには、こうした「遊び心」のある仕掛けが有効です。
データドリブン:個客体験(One to One)の深化
ランニングアプリでの計測データや目標管理データなどを活用し、一人ひとりのランナーに最適な提案を行う顧客体験のパーソナライズを推進しています。消費者と直接つながり、そのデータを元に付加価値を返すサイクルを回せるかどうかが、製造業のサービス化における鍵となります。
組織行動:ツール導入後の「伴走」と現状維持バイアス打破
IT部門の役割は、便利なツールを導入して終わりではありません。現場には「今のままでいい(現状維持バイアス)」という心理が働きます。だからこそ、使ってもらうための手厚い支援(伴走)を重視しています。DXは人とデジタルの融合であり、「人の気持ち」を理解して寄り添うことが、変革を成功させる第一歩です。
評価:「DX銘柄」選定の背景
アシックスは、「DX銘柄2025」に選定されました(プレスリリース)。
単なる業務効率化だけでなく、「デジタルを活用してビジネスモデル(顧客体験)を変革している」点が評価されています。2022年からの継続的な受賞歴は、同社がモノづくり企業から「コトづくり(体験価値提供)企業」へと進化し続けている証と言えます。
まとめ:3社のDX評価と成功のポイント
今回取り上げた3社は、経済産業省の「DX銘柄」制度において、それぞれのフェーズで高い評価を受けています。自社の現在地に近い企業の事例を参考にしてください。
| 企業名 | 2025評価 | 特徴と学ぶ点 |
|---|---|---|
| LIXIL | プラチナ (最高評価) |
トップダウンの牽引と、NPS(顧客体験)を中心とした全社データ活用文化の定着。 |
| アシックス | DX銘柄 (変革) |
「楽しさ」を取り入れた巻き込みと、モノからコト(体験)への価値転換。 |
| マルハ ニチロ |
注目企業 (期待株) |
「守り」から入る堅実なアプローチ。現場の抵抗感を解消し信頼を築く。 |
生成AIの示唆
技術の進化は速いため、構想に時間をかけすぎず、まずできることから着手し、小さな成功体験を積み重ねることが重要です。個人の暗黙知を組織の共有知に変え、現場実装から横展開を図りましょう。
生成AIの活用については、次の記事も参考にしてください。
DX時代の問題解決研修 -生成AI活用でビジネス課題を解決する技術
データドリブンの示唆
「何のために」データを蓄積するのか、そのデータで「どのような経営判断・現場判断」を変えるのかを合意することがスタート地点です。KPIを共通化・可視化することで、組織全体の改善サイクルを高速化します。
データドリブンの前提知識については、次の記事も参考にしてください。
デジタルとは?意味をわかりやすく|アナログとの違い・身近な例・メリット・企業での活用
組織行動の示唆
DXの本質はツール導入ではなく、提供価値の再設計です。最終的な目標は、環境に合わせて変化し続けられる組織になることです。トップのコミットメントと現場への伴走を両立させ、変化を楽しむ文化を育みましょう。
組織変革の具体的なプロセスについては、下記のユニマットリック社の事例が参考になります。
【事例】意識改革なきDXは失敗する―ユニマットリックの組織変革プロセス
「円卓コンフィデンシャル」番組情報
出演者
DX専門家
- 荒瀬 光宏(デジタルトランスフォーメーション研究所 代表取締役/DXエバンジェリスト)
DX推進担当者
- チュア・クリストファーソン(アシックス エンタープライズIT ソリューション部マネジャー)
- 安井 卓(LIXIL 常務役員 CX部門リーダー)
- 田光 正人(マルハニチロ DX推進部 カルチャー改革推進室)
番組レギュラー
- 伊沢 拓司(QuizKnock 主宰・クイズ王)
- 児嶋 一哉(お笑いコンビ「アンジャッシュ」)
- 大浜 平太郎(テレビ東京 解説委員)
番組アーカイブ
詳細は、テレ東BIZで配信中のアーカイブ(放送版・配信版)をご覧ください。

株式会社デジタルトランスフォーメーション研究所
代表取締役/DXエバンジェリスト
DX推進・企業変革の専門家。豊富な現場経験と実践知をもとにコンサルティング、企業研修、講演活動を行う。
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