DX企画にROIの提示を求められ予算が通せない場合の対策

個別企画、基盤整備など、DX予算を申請する際に非常によく耳にする会社の反応は、次のようなものです。

どの程度の投資が発生するのか。ROI(Return on Investment)は?

ROIが示せない企画なんて却下だ!

 このROIを説明する責任の壁に悩まされる方は意外に多いようです。

 では、何故DXのROIは説明しにくいのでしょうか。

DXにおいてROIが説明しにくいワケ

 一言にDXの企画と言っても、様々なものがあると思われるので、顧客へ新しい価値を提供する企画DX推進活動全般に関わる企画に分けて考えてみましょう。

顧客へ新しい価値を提供する場合

 顧客へ新しい価値を提供する企画は、本来的に新しい価値を提供するわけですから、内容に見合ったリターンが生じることが期待されます。しかし、これらの場合において、ROIが説明しにくい理由はいくつかのカテゴリーに分類されます。

初めて提供するサービスであり、どの程度の市場性があるかわからない

リーンスタートアップ、アジャイルなどの手法にて、最小限のMVP(コンセプトや顧客の反応を確認するための試作品)を用意し、ターゲット顧客に市場性のサーベイを実施する方法が有効です。ただし、既存事業部門の反発などでターゲット顧客にアクセスできない場合は、該当部門の理解、協力を得ることを最優先しましょう。さもなければ、良いサービスを創出しても、マーケットにアクセスすることすらできない可能性があるためです。

サブスクリプションなど従来と異なるサービス形態で、収益が成り立たない

従来の社内の収益の定義や物差しが通用しない場合です。単年度の収益では分が悪い場合は、5年間の総売上やLTV(ライフタイムバリュー、顧客生涯価値)といった収益計算をする手法です。LTVには、その顧客を獲得することで、当該顧客に将来アップセルできるかもしれないビジネスチャンスについても算定する場合もあります。加えて、同サービスを通じて蓄積できるデータや顧客エンゲージメントなど、収益に直結しない部分をアピールしましょう。そもそも、これらの要素を評価し投資判断をすることも、DXの本質的な意義なのですが。

既存事業とカニバリゼーション(食い合い、相互干渉)が発生し、収益が見込めない

既存事業とのカニバリゼーションが発生する場合は、組織は悩ましい判断に直面しますが、従来の常識の延長で考えると、収益の出ている既存事業を保護する判断になりやすいです。ここで考えるべきは、いま検討している企画が業界の標準的サービスになるのかです。もし、業界全体が当該サービスにシフトしていくことが予見されるならば、自社がその企画を実行に移さなくとも誰かがいずれ実行する可能性が高いと考えられます。その場合、基本事業の収益にダメージがあるかもしれませんが、将来の業界の常識に対応できずに自社が業界から退場してしまうことを避けるためにも、役員の責任で企画を進められるようパトロン獲得を狙います。

業界の標準的サービスになりえないとしても、自社にしか実行できない強みがある場合は、中期的な自社によっての価値を考慮して、全社視点で実施判断が必要な場合が多いため、新しいサービス単体でのROIに固執せず、全社としての損得を高い視点で戦略的に考える必要があります。

上記いずれに場合も、DXという性質上、従来の投資判断の物差しでは判断できない場合が多いため、従来のROI算出という土俵から抜け出る努力も必要となります。

DX推進活動全般に関わる場合

研修、推進チーム、データサイエンスチーム設立などの人の投資の場合

人に関する投資は、ROIを直接測りにくいため、上位の目的を実現するための手段として提起することが必要です。そのためにも、DXで何をしたいのかという共通認識が先に整理されていることが必要です。共通認識が具体的になっていない場合は、DXのビジョン策定を優先して取り組むことも必要かもしれません。

データ整備、プラットフォームなどの基盤に関する投資

弊社では、DXのステップを以下の3つ(カイゼンするDX、つなげるステップ、価値創造のDX)に分けて考えています。カイゼンするDXはカイゼンですので短期的効果が期待しやすく、価値創造のDXも新しい収益について訴えることができるのですが、データ整備やプラットフォーム構築などの基盤に関する投資は、つなげるステップと呼ばれており、もっともROIの説明の難しい部分になります。これらは、直接収益を生む物ではないのですが、新しい競争の原理に対応した価値創造をする前に整備しておかなければならない要素となります。それなりの投資も必要であるため、最もROIを訴えにくい部分とも言えます。

カイゼンするDX、つなげるステップ、価値創造のDXの関係の例
カイゼンするDX、つなげるステップ、価値創造のDXの関係の例

そのため、単に担当部門の想いだけでなく、全社として以下のような共通認識があることが前提でなければ投資を認めてもらうことは難しいでしょう。

  • 業界環境の変化や競争の原理の変化についての認識
  • それらに対応するために、どのような価値創造が必要かの認識
  • それらの価値創造のために、どのようなデータ基盤、プラットフォームが必要かの認識

つまり、収益ではなく、将来の戦いに備えて必須な機能だから投資するという説明付けが必要です。製品を製造するために工場を作らないとならないのと同様で、価値を創造するために必要なインフラ投資として説明するのもよいでしょう。いずれにせよ、全社としての環境の変化、競争の原理の変化、自社の方向性についての合意が前提となるため、DXのビジョンが策定され、関係者間で共通認識になっていることが前提となります。

ROIの算出が難しいと思ったときは?

以上、様々なパターンがありますが、DXの投資において、ROIがなぜか算出できない、説得力が出せないと悩んだときは、上記のパターン例を参考に、今何をしようとしているのか、何が抜けているのかを確認しなおしてみて、ご自身がいま取り組むべきことを再検討してみてください。

 

荒瀬光宏

株式会社デジタルトランスフォーメーション研究所
代表取締役/DXエバンジェリスト
DX推進・企業変革の専門家。豊富な現場経験と実践知をもとにコンサルティング、企業研修、講演活動を行う。
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