DX予算の立て方と稟議の通し方:種類別のROI説明ポイント

DX予算(個別企画・基盤整備など)を申請・稟議する場面で、社内から必ず問われるのが「ROI(Return on Investment)」です。

どの程度の投資が発生するのか。ROI(Return on Investment)は?

ROIが示せない企画なんて却下だ!

このROIを説明する責任の壁に悩まされる方は意外に多いものです。では、なぜDXのROIは説明しにくいのでしょうか。

DX予算を立てるべきDX企画の種類(5分類)

一口にDXの企画といっても様々です。ここでは、顧客へ新しい価値を提供する企画DX推進活動全般に関わる企画に分けて整理します。以下は本記事で扱う5つの分類です。詳細と「立て方/ROIの説明」は後半の各章をご覧ください。

顧客へ新しい価値を提供する場合 ─ DX予算の立て方・ROIの説明

新しい価値を提供する企画は、内容に見合ったリターンが期待できます。しかし、DX ROIが説明しにくい理由はいくつかのカテゴリーに分かれます。

初めて提供するサービスであり、どの程度の市場性があるかわからない

リーンスタートアップやアジャイルにより、最小限のMVP(コンセプトや顧客反応を確認する試作品)を用意し、ターゲット顧客に市場性のサーベイを実施します。既存事業部門の反発などでターゲット顧客にアクセスできない場合は、該当部門の理解・協力をまず得ることが最優先です。さもなければ、良いサービスを創出してもマーケットにアクセスできない可能性があるためです。

あわせて、企画仮説の整理にはリーンキャンバスの活用も有効です。

サブスクリプションなど従来と異なるサービス形態で、収益が成り立たない

従来の社内の収益の定義や物差しが通用しない場合です。単年度の収益では分が悪いときは、5年間の総売上LTV(ライフタイムバリュー、顧客生涯価値:将来のアップセル機会を含む)といった収益計算で説明します。さらに、同サービスで蓄積できるデータ顧客エンゲージメントなど、収益に直結しない部分もきちんと伝えましょう。そもそも、これらの要素を評価し投資判断をすることも、DXの本質的な意義です。

既存事業とカニバリゼーション(食い合い、相互干渉)が発生し、収益が見込めない

既存事業とのカニバリゼーションが発生する場合、従来の常識では収益の出ている既存事業を保護しがちです。ここで考えるべきは、検討中の企画が業界の標準的サービスになり得るかです。業界全体が当該サービスにシフトしていくことが予見されるなら、自社が実行しなくともいずれ誰かが実行します。その場合、基本事業の収益にダメージがあるかもしれませんが、将来の常識に対応できず業界から退場することを避けるためにも、役員の責任で企画を進められるようパトロン獲得を狙います。

標準になり得ないとしても、自社にしか実行できない固有の強みがあるなら、中期的な全社価値を考慮し、新しいサービス単体のROIに固執せず、全社としての損得を高い視点で戦略的に判断します。

上記いずれの場合も、DXという性質上、従来の投資判断の物差しでは判断できないことが多く、従来のROI算出という土俵から抜け出る努力が必要です。

DX推進活動全般に関わる場合 ─ DX予算の立て方・ROIの説明

研修、推進チーム、データサイエンスチーム設立などの人の投資の場合

人に関する投資はROIを直接測りにくいため、上位の目的を実現するための手段として提起します。そのためにも、DXで何をしたいのかという共通認識が先に整理されていることが必要です。共通認識が具体的でない場合は、DXビジョン策定(エグゼクティブ向け)に優先して取り組むのがよいでしょう。

データ整備、プラットフォームなどの基盤に関する投資

当社ではDXのステップを「カイゼンするDX」「つなげるステップ」「価値創造のDX」の3つに分けて考えています。カイゼンするDXは短期的効果が期待しやすく、価値創造のDXは新しい収益を訴求しやすい一方、データ整備やプラットフォーム構築などの基盤投資は「つなげるステップ」であり、もっともROIの説明が難しい領域です。

これらは直接収益を生むものではありませんが、新しい競争の原理に対応した価値創造を行う前に整備しておくべきインフラです。必要な投資規模も大きく、最もROIを訴えにくい部分でもあります。

カイゼンするDX、つなげるステップ、価値創造のDXの関係の例

カイゼンするDX、つなげるステップ、価値創造のDXの関係の例

そのため、単に担当部門の想いだけでなく、全社として以下のような共通認識があることが前提です。

  • 業界環境の変化や競争の原理の変化についての認識
  • それらに対応するために、どのような価値創造が必要かの認識
  • その価値創造のために、どのようなデータ基盤・プラットフォームが必要かの認識

つまり、収益ではなく、将来の戦いに備えて必須な機能だから投資するという説明付けが必要です。製品を製造するために工場を作るのと同様に、価値創造の前提となるDXインフラへの投資だと説明します。いずれにせよ、DXのビジョンが策定され、関係者間で共通認識になっていることが前提です(エグゼクティブ向けDXビジョン策定)。

補足:「カイゼンするDX」研修(課題解決×AI)や、価値創造型DX研修も、企画の成熟や社内合意の形成に有効です。

ROIの算出が難しいと思ったときは?(まとめ)

いま取り組む企画の種類をまず確定し、次の観点で抜けを潰してください。

  • 前提合意:DXビジョン/対象顧客/評価期間(単年度に限定しない)
  • 評価軸:LTV・回収期間・ユニットエコノミクス等でROIを補完
  • 検証計画:MVP/PoCの範囲・期間・継続/中止基準
  • 既存影響:カニバリ発生時は全社最適で判断(緩衝策とパトロン)
  • 基盤投資:収益ではなく「価値創造の前提インフラ」として説明

以上のパターンを参考に、今何をしようとしているのか、何が抜けているのかを確認しなおして、いま取り組むべきことを再検討してください。

荒瀬光宏

株式会社デジタルトランスフォーメーション研究所
代表取締役/DXエバンジェリスト
DX推進・企業変革の専門家。豊富な現場経験と実践知をもとにコンサルティング、企業研修、講演活動を行う。
詳しいプロフィールはこちら

関連記事