ヒト・モノ・カネは、記憶に残りやすい古典的な経営資源フレームワークです。
ヒト・モノ・カネは、未だ重要です。しかし、競争原理が変化した第四次産業革命後に企業が生き残るには新たな視点が必要です。それがデータ・コト・ジカンです。
本記事では、原典としてのヒト・モノ・カネ、第4の経営資源としての情報の追加と経営資源フレームワークの本質と変遷を振り返ります。その上で、DX時代の経営資源フレームワークであるデータ・コト・ジカンについて事例も交えて解説します。
目次
「ヒト・モノ・カネ」フレームワークの本質と変遷
ヒト・モノ・カネとは何か──経営資源フレームワークの成り立ちと原典
「ヒト・モノ・カネ」は、長年にわたり日本をはじめ世界中の企業経営の現場で重視されてきた基本的な経営資源フレームワークです。この言葉は単なる慣用表現ではなく、経営学の古典、特にピーター・F・ドラッカーによって整理されました。
ドラッカーの著作『Management: Tasks, Responsibilities, Practices』(1973年)では、「土地(=モノ)」「労働(=ヒト)」「資本(=カネ)」の三つが不可欠な経営資源として位置付けられています。
このヒト・モノ・カネフレームワークは、企業が長期的に価値を創出し続けるために、どの資源をいかに「引きつけ」「生産的に活用」できるかが成否を分ける、といった現代経営の基盤的考え方です。またドラッカーは「最も希少なのは時間」「知識こそ現代で最重要の経営資源である」と早くから説いており、現代的には「経営資源フレームワーク」の再定義が求められる時代になっています。
ヒト・モノ・カネ・情報(データ)の登場と発展──第4の経営資源
時代の変化とともに、「ヒト・モノ・カネ」という三大経営資源に「情報(データ)」を加えたヒト・モノ・カネ・情報(データ)フレームワークが登場しました。
特に1980年代以降、第三次産業革命でIT化や情報化が進展し、企業経営における「情報(データ)」の価値が飛躍的に高まりました。
「ヒト・モノ・カネ・情報(データ)」は、製造業からサービス業まであらゆる分野で、経営資源の中核となっていきます。このフレームワークは、組織が持続的に成長し続けるうえで、「情報(データ)」をいかに収集・分析し、意思決定に活かすかが、従来資源と並んで不可欠となったことを示しています。
有形から無形へ──資産構造の大転換
1980年以降、第三次産業革命により企業の資産構造が有形から無形に急速にシフトしました。
1975年のS&P500企業では市場価値の83%を工場や設備などの有形資産が占めていました。ところがデジタル化とサービス化が進んだ2020年には、無形資産が90%を占めるまでに構造が逆転しました。米オーシャン・トモ社の「Intangible Asset Market Value Study」が示すこの変化は、価値創造の主戦場が“モノ”から“知識・ブランド・プロセス”へ移った証拠です。
さらに製造業でもソフトウェア依存度の高い企業ほど無形比率が高く、産業を問わず無形資産の重要性が急速に高まっています。つまり今や設備投資より「データやアイデアをどう活かすか」が企業価値を左右する時代なのです。
無形資本3本柱(知的資本・関係資本・組織資本)
無形資本は大きく知的資本・関係資本・組織資本の三つに整理できます(Edvinsson & Malone 1997)。
- 知的資本(Intellectual Capital):企業が持つ知識、技術、ノウハウ、特許、商標など、「形になる知識」
- 関係資本(Social Capital):顧客、サプライヤー、パートナー、地域社会などとの良好な関係。信頼関係、ネットワーク、ブランドイメージなど「外とのつながり」
- 組織資本(Organizational Capital):組織文化、経営理念、組織構造、システム、プロセスなど「中の仕組み」
データ・コト・ジカンへの進化
──現代経営資源フレームワークの新潮流
第四次産業革命による社会構造・事業環境の変化を背景に、経営資源が有形から無形にシフトしていること、知的資本・関係資本・組織資本という3つの無形資本があることを紹介しました。
DX時代に経営資源を最大限活用するためのフレームワークがデータ・コト・ジカンです。
- データ:従来の「情報」よりもさらに“価値創造”の源泉として重みを持ち、知的資本を強化します。
- コト:モノを通じた体験価値そのもの(関係資本)、また、それらを生み出すための知的資本や組織資本です。
- ジカン:変化対応力・アジリティとしての組織資本です。
この「データ・コト・ジカン」を意識した経営資源の活用こそが、デジタル時代の企業の競争力を決めると言えるでしょう。
この後の章で、「ヒト→データ」「モノ→コト」「カネ→ジカン」の各視点から、DX時代に求められる新しい経営資源活用について詳しく解説します。
ヒト→データ──知識継承と組織競争力の新たな源泉
「ヒト」に依存する経営の課題と限界
これまで企業の競争優位の源泉であった「ヒト」が持つ知識や経験は、属人的な「暗黙知」として扱われることが多く、個人のスキルに依存していました。しかし、DX時代においては、これらの暗黙知をデータとして「形式知化」し、組織全体で共有・活用することが不可欠です。
例えば、多くの企業が、長年培ってきたベテラン社員の専門知識や技術、顧客対応のノウハウが、定年や転職によって失われてしまうという課題を抱えています。DXによって、これらの知識や経験をデータとして蓄積し、システムに組み込むことで、属人性を排除し、誰もがその恩恵を受けられるようになります。
具体的には、ベテラン営業担当者が持つ顧客との交渉術や、熟練の職人が培ってきた技術的なコツを、動画や音声、テキスト情報として記録し、社内共有システムやAIに学習させることで、新入社員やジュニアな社員の早期戦力化を支援できます。
DX時代の知識継承──暗黙知のデータ化とAI活用
さらに、これらの知見を、AIや生成AIを使って利活用できることが可能になっています。例えば、過去の膨大な営業データや顧客対応ログをAIが分析し、最適な提案資料を自動生成したり、顧客からの問い合わせに対して即座に適切な回答を導き出したりすることができます。これにより、単に判断を支援するだけでなく、その結果を捕捉することにより高速PDCAを回し改善し続ける仕組みを作ることが可能になります。
コールセンター・製造現場の事例
このように、コールセンターでの回答、顧客の技術的問い合わせに対する顧客への早期回答、品質向上のための分析手法の提供など、あらゆる業界で事例が増えています。
例えば、LIXILのコールセンターでは、過去の問い合わせデータや解決事例をAIが分析し、オペレーターに最適な回答候補を提示することで、回答時間の短縮と顧客満足度の向上を実現しています。また、製造業では、熟練技術者の勘や経験に頼っていた品質検査プロセスを、画像認識AIと過去のデータに基づいて自動化し、品質の均一化と生産効率の向上を両立させています。
データドリブン経営と新しいヒトの価値
これらの実現のためには、単にデータを集めるだけでなく、そのデータを活用して迅速に判断できるマネジメントを組織全体に実装することが必要です。データに基づいた意思決定を促進し、組織の各層が自律的に改善サイクルを回せるような文化と仕組みを構築することが、DX時代における「ヒト」の新たな価値創出に繋がります。
モノ→コト──顧客体験価値をデザインする新たな競争力
「モノ」中心の価値観の限界と課題
従来のビジネスモデルでは、製品という「モノ」を生産し、販売することに価値の重点が置かれていました。しかし、DX時代においては、顧客がその「モノ」を通じて得られる「体験」や「価値」である「コト」にフォーカスすることが、企業の競争優位性を確立する上で不可欠です。
「コト」価値への転換とビジネスモデル変革
その代表的な事例として、ナイキはスニーカーというモノを提供するのではなく、アスリートが自己実現するコトを提供する企業になったと言えます。ナイキは単なるスポーツ用品メーカーにとどまらず、Nike Training ClubやNike Run Clubといったアプリを通じて、トレーニングプログラムの提供やランニングの記録・分析サービスを提供し、顧客の健康維持やパフォーマンス向上といった「コト」をサポートしています。これにより、顧客は単にスニーカーを購入するだけでなく、ナイキというブランドを通じて、より豊かで活動的なライフスタイルを実現する体験を得ています。
コマツの事例とスマートコンストラクション
同様に、コマツは建機というモノを提供するビジネスモデルから、顧客が計画通りに工事を実施できるコトを提供するビジネスモデルにシフトした企業です。コマツが提供する「KOMTRAX(コムトラックス)」は、建設機械の稼働状況や位置情報をリアルタイムで把握し、顧客に提供するサービスです。これにより、顧客は建機の稼働状況を効率的に管理し、故障予知や部品交換時期の最適化を行うことで、工事の遅延を防ぎ、計画通りにプロジェクトを進めることが可能になります。これは、単に高品質な建機を提供するだけでなく、「工事を滞りなく進める」という顧客の目的そのものを支援する「コト」の価値提供と言えます。
さらに、「スマートコンストラクション」は、工事を施工する会社が、測量をし、施工計画を立案し、実行し、状況の変化に応じて最適な判断を行い、最終的に終了後の図面を出力し、蓄積されたデータに基づき利用者に最適化したアルゴリズムを追及します。正確な工期や金額を見積もり、計画的な施工を担保することで、顧客のプロジェクトを成功に導いています。
企業理念と組織行動変革
これらのコトへのシフトは、当該企業の企業理念を実現する方向にビジネスモデルを変革することを意味しています。横河電機が「計測と制御により持続可能な社会の実現に貢献する」という企業理念を掲げ、デジタル提供価値として「SCMや業界全体の『業務の自律化、経営の高度化』支援」を挙げているように、企業理念の具現化として「モノ」から「コト」への変革が求められます。
そして、これらを実現するには、組織行動の変容が必要となります。単に製品を開発・製造するだけでなく、顧客の潜在的なニーズを深く理解し、そのニーズを満たすためのサービスやソリューションをデザインできる能力、そしてそれを組織全体で実行できる柔軟性と連携力が不可欠です。部門間の壁を越え、顧客中心の思考でビジネスプロセス全体を見直すことが、「コト」の価値創造に向けた組織変革の鍵となります。
カネ→ジカン──アジリティを高める高速PDCA
「カネ」偏重経営の限界と変化の本質
現代のビジネス環境は、技術の進化、グローバル化、そして顧客の価値観の多様化により、かつてないスピードで変化しています。このような環境の急激な変化は、顧客ニーズの変化をもたらしており、従来の業界常識ではない価値提供を模索し続けることが重要です。
「ジカン」資源の価値とアジリティ経営
このような変化に早く対応できる組織や事業、サービスのありかたを「アジリティ(Agility)」と呼びます。アジリティを高めるためには、完璧な製品やサービスを一度に開発するのではなく、市場や顧客に最小限の機能(MVP: Minimum Viable Product)を早く体験してもらい、そのフィードバックに基づいて改善を繰り返すプロセスが必要です。このプロセスをどれだけ高速に回せるかが重要となります。
アジャイル開発と高速PDCA
例えば、ソフトウェア開発におけるアジャイル開発手法は、この「ジカン」の価値を重視する典型です。顧客のニーズを細かく聞き取り、短い期間で開発・テスト・リリースを繰り返すことで、市場の変化に柔軟に対応し、顧客が真に求めるサービスを素早く提供することができます。これにより、多額の初期投資を投じて開発したものの、市場投入時にはニーズが変化してしまっていた、というリスクを大幅に低減できます。
松尾教授のDX理論と時間価値
この「ジカン」の重要性は、東京大学の松尾教授が掲示する式 y(t)=a(1+r)t にも示唆されています。この式は、時間の経過とともに成果が指数関数的に増加することを示しており、従来のビジネスでは主に「成長する係数 r (成長率)」を大きくすることに注力してきました。しかし、DX時代においては、サイクルをどれだけ早く回すかを示す「t(時間)」が競争の源泉に代わっていることを意味しています。つまり、単位時間あたりにより多くの試行錯誤を行い、そこから学びを得て、次の改善に繋げるスピードが企業の成長を決定づけるのです。
アジリティ経営に必要な文化とガバナンス
したがって、アジリティを高めるためのマネジメント、ガバナンス、組織文化、スキルへの移行が競争力の源となります。これは、トップダウンの意思決定だけでなく、現場レベルでの自律的な判断と行動を促す組織文化の醸成、データに基づいた迅速な意思決定を可能にするガバナンス体制、そして、新しい技術や手法を学び続ける社員のスキルアップが不可欠であることを意味します。ジカンを最優先する経営資源として捉え、組織全体が高速なPDCAサイクルを回せるようになることが、変化の激しい現代において企業が生き残り、成長するための絶対条件となります。
まとめ──データ・コト・ジカン時代に向けた日本企業への提言
デジタル時代における経営資源は「ヒト・モノ・カネ」から「データ・コト・ジカン」へと大きくシフトしています。
一方、現在の企業経営の仕組みは、ヒト、モノ、カネという経営資源を重視して設計されています。
この変化に迅速に適応することで、企業の競争力を飛躍的に高めることが可能です。どのようにして、データ、コト、ジカンを企業経営の仕組みに組み込めるか、ぜひ考えてみてください。
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