電子メールはデジタルツールの走り―その価値と次世代メッセージングツールへの移行予測

電子メールはデジタルコミュニケーションの先駆け

2000年頃から企業へ急速に普及した電子メールは、従来のFAXやテレックス、手紙、社内文書といったアナログツールをデジタル化する先駆けとして、大きな役割を果たしました。ほぼすべての企業が導入し、その即時性とアーカイブ機能によって業務効率が飛躍的に向上しました。しかし一方で、次世代のコミュニケーションツールの台頭によって、電子メールは“最終形”のデジタルツールではないことが明らかになりつつあります。本章では、電子メールのもたらしたメリットとデメリットを整理し、今後のコミュニケーションツールのあるべき姿を考察します。

電子メールがもたらした主なメリット

アナログな通信手段としてのFAX

私が社会人となった1992年当時、電子メールを導入している企業はほとんどありませんでした。しかし、私が所属していた会社ではVAN(商用ネットワーク)経由で社内メールを運用しており、自ら電子メールを活用していました。ただし、PC保有率が低かったため、受信メールは担当者が印刷し、Toに記載された複数名分をコピーして各自の机に配布するといった、まさにFAXと同様のオペレーションで運用されていました。

2000年頃から一般企業でも電子メールの導入が本格化し、1人1台のPC環境が整備されると、各社員が直接メールボックスをチェックできるようになりました。社内のチーム連絡や取引先間でのメールアドレス共有を通じて、紙を使わず瞬時に情報を送れるコミュニケーション手段としての有用性が急速に認知されました。

やがて「メールボックスを毎日チェックすること」は社員の義務となり、電子メールは補助的なコミュニケーション手段から、正式なビジネスコミュニケーションの基盤へと格上げされました。また、メールマナーやお作法も徐々に定着し、新人研修で教え込まれるなど、電子メールはビジネスにおいて欠かせないメディアに成長しました。

電子メールのデメリット

電子メールをとりまく様々な課題

24時間いつでもメールを確認できるようになった反面、労務上の問題が顕在化し、常時チェックが義務化されることで負担が増大しました。また、誤送信による情報漏えいや誤解といったリスクが高まり、送信前の確認作業が煩雑化しています。さらに、外部へのファイル送信が手軽に行えるようになった結果、業界ごとに求められるセキュリティ要件が多様化し、添付ファイルの暗号化やパスワード運用など、複雑な運用ルールの策定・教育コストが増大しています。

組織横断的連携における限界

第四次産業革命が進む中、企業の価値提供はデータ活用や新技術を駆使したコラボレーションへとシフトしています。しかし電子メールは、FAXなどの従来文化をデジタル化した“デジタルシフト型”ツールに過ぎず、リアルタイムな情報共有やアジャイルなコミュニケーションには不向きです。情報が断片化しやすく、イノベーション推進の障害となる場面が増えています。

そのため、ベンチャー企業やデジタル先進企業では、社内コミュニケーション手段として電子メールの利用を大幅に削減し、SlackやChatworkなどのビジネス用メッセージングツールへの移行が進んでいます。これらのツールは高い機動力と柔軟性を備え、ユーザーの思考を妨げないコミュニケーションを実現します。

なぜ電子メールはイノベーティブな業務の妨げになるのか

では、なぜ電子メールはイノベーティブな業務を阻害してしまうのでしょうか。まず、運用の特性上、ミスを恐れるあまり手間と時間がかかる点が大きな要因です。

  • 送信後は相手のメールサーバーに届き、取り消しや修正が一切できない
  • 修正不可のため、誤送信防止のために何度も内容を確認してから送信する必要がある
  • 情報が全て揃うまで「五月雨式」の送信を控えるため、コミュニケーションが停滞しがち
  • 相手の画面表示や印刷結果を想定し、レイアウトの調整を行わなければならない
  • 要件以外に挨拶文や相手へのねぎらい、謝辞などを含める必要がある
  • ファイルサイズ制限で送信できない場合があり、事前チェックが必須となる
  • 誤送信対策として添付ファイルの暗号化やパスワード付与など複雑なルールが求められる
  • パスワードの命名規則や受け渡し方法まで細かく指定されることがある
  • 社内メールサーバーではテレワーク環境からの利用が制約されやすい

以上のように、電子メールは「ミスをしない」ための作業に多くの時間と労力を割かせ、自由な発想や迅速な情報共有を阻むことで、イノベーションを行う業務の進行を妨げてしまいます。

メッセージングツールの特長とメリット

メッセージングツールを利用すると、以下のように電子メールにはない柔軟で効率的なコミュニケーションが可能になります。

  • 送信内容はクラウドサーバー上に保管され、送信後でも取り消しや修正が自由に行える
  • 修正機能により、慎重な確認作業が不要となり、コミュニケーション効率が向上する
  • 情報が完全に揃わなくても一度投稿でき、後から編集・追記ができる
  • 受信側はPCやスマホで閲覧するため、印刷を前提としたレイアウト調整が不要になる
  • 本文に要件のみ記載すればよく、定型的な挨拶や署名が省略できる
  • ファイルはクラウドストレージに直接アップロードするため、容量制限を気にせず共有できる
  • アクセス権限設定により誤共有のリスクが軽減される(業務要件に応じた運用設計は必要)
  • ストレージ側の暗号化やアクセス制御を活用すれば、添付ファイルのパスワード運用が不要になる
  • インターネット環境があればどこからでも利用でき、リモートワーク時の利便性が高い

では、電子メールは無くなるのか?

メッセージングツールは電子メールを完全に置き換えるのでしょうか? 現状では以下の理由から、まだ明確な答えは出ていません。

  • 初対面の取引先連絡では電子メールが慣例化しており、名刺にメールアドレスを記載するなどの市民権を得ている。
  • 一方、メッセージングツールはサービスが多岐にわたり、相手と同じツール・IDを使う習慣がまだ定着していないため、プロジェクト開始時点ではメールを使わざるを得ない。
  • Sansan/EightやFacebook、LinkedInなどのビジネス連絡先交換サービスやSNSが充実すれば、取引先との接点もメッセージングツールへシフトする可能性がある。

また、電子メールはアカウント/IDとしての価値が非常に高く、ドメインを含めたメールアドレスが世界で唯一無二の識別子として機能します。サービスのパスワードリセットや本人認証のためにメールを受信する仕組みは、いまだ代替手段が限られており、複数デバイス間で統一的に利用できる認証基盤としての地位は揺らいでいません。

電子メールが無くなる日

電子メールの灯が消える日 イメージ

以上の考察から、電子メールには依然として役割が残っています。しかし、第四次産業革命の進展とともに多様なコミュニケーションツールが登場し、デジタル社会がさらに進化していく中で、アナログ社会のコミュニケーションを単に置き換えただけのツールは長期的な価値を提供できなくなるでしょう。

第四次産業革命が一段落した後に真に残るのは、デジタル社会に最適化されたツールであり、単なるデジタルシフト型ツールではありません。とはいえ、現在は過渡期であり、過渡期ならではの需要と最適化も存在します。

私たちは、デジタル最適化されたサービスや過渡期にベストフィットするツールを想像しながら、自ら価値を創造し続けることが求められています。

最後に、電子メールが無くなる日を予測してみます。

  • 2027年:過半数の社内メッセージが電子メール以外に移行
  • 2032年:過半数の企業間メッセージが電子メール以外に移行
  • 2035年:大半の企業で社内メール利用が終了
  • 2038年:企業間コミュニケーションでもメッセージングツールが主流化
  • 2040年:サービス認証/IDとしてのメール依存が大幅に低減
  • 2050年:新卒世代はメールアドレスを取得せず、リアルタイムツールが標準に

執筆者:デジタルトランスフォーメーション研究所 代表取締役 DXエバンジェリスト 荒瀬光宏|荒瀬光宏 プロフィール

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