経済産業省のデジタルトランスフォーメーション定義を徹底解説|DX推進の本質と実践ポイント

企業が競争力を高め、持続的に成長するためには、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進が不可欠です。日本では経済産業省がDXを強力に推進し、2018年12月に「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン」(DX推進ガイドライン)を公開し、その定義を明確に示しました。

本記事では、このDX推進ガイドラインの策定背景を解説し、経済産業省が示したデジタルトランスフォーメーションの定義を要素ごとに丁寧に読み解き、実務に役立つポイントを詳しく紹介します。

定義策定の背景

2018年、経済産業省は日本の競争力強化を目指す国策として、当時はまだ一般的ではなかった「デジタルトランスフォーメーション(DX)」に注目しました。DXは単なるIT化やデジタル化にとどまらず、ビジネスモデルや戦略、そして組織行動の変革までを含むものであり、日本の競争力向上に不可欠と認識され、経済産業省による本格的な推進が始まりました。この先見的な動きは、極めて的確だったといえます。
当時、「企業のDX」という概念を明確に定義していたのは、当社デジタルトランスフォーメーション研究所のみでした。そのため、経済産業省は当社へのヒアリングを実施し、国策としてDX推進に本格的に着手しました。

2018年は、経済産業省にとってDX推進元年と位置付けられます。この年を皮切りに、民間企業でもDX推進が本格化しました。まず、2018年5月には青山幹雄氏(南山大学教授)を座長とする「デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会」が発足し、9月には「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」が公開されました。さらに、DX投資への補助金や認定制度なども導入され、「デジタルトランスフォーメーション」の概念が国内企業に広く浸透し始めました。

こうした活動は、日本企業がDXに取り組む大きな契機となりました。しかし、初期の「DXレポート」は、デジタルを活用した新たな価値創造や組織変革などの重要項目よりも、従来型IT中期計画の色合いが強く、内容もIT部門向けに偏っていました。そのため、経営者層が自ら手に取る内容ではなく、IT部門による説明資料としての役割にとどまりました。本来、経営者がDXを主体的に捉えることが重要であり、その点で課題が残りました。

主な要因として、研究会メンバーの多くがIT企業幹部で構成されていたため、IT業界や従来のIT部門の視点に偏ったことが挙げられます。

それでも、「民間企業にとってのデジタルトランスフォーメーション」というコンセプトが産業界に浸透し、経済産業省が公式な定義を示した意義は大きいと言えます。その内容は、前年に当社が策定した定義と類似しており、DXの本質を的確に捉えています。

定義の解説

まず、経済産業省が2018年に示したデジタルトランスフォーメーション(DX)の定義を、以下に引用します。

“企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。”

本記事では、この定義に含まれる各要素を順を追って詳しく解説し、実務で活用するための視点を明らかにします。

企業がビジネス環境の激しい変化に対応し

経済産業省の定義は、主語を「企業が」と明確にすることで、民間企業によるデジタルトランスフォーメーション推進を強く意識したものであることが分かります。

また、「ビジネス環境の激しい変化に対応し」という表現は、弊社定義における「デジタルテクノロジーの進展で劇的に変化する産業構造と新しい競争原理を予測し」と対応しています。両者の違いは、環境変化をデジタル技術に限定するか否かですが、基本的な意図には大きな差異はありません。

ただし、弊社定義で強調している「産業構造と新しい競争原理の予測」は、新たなエコシステムや重要成功要因(KSF)を経営戦略として捉える観点を含みますが、この点は経済産業省の定義では省略されています。

とはいえ、自社の属する業界の将来像を見据え、戦略やビジネスモデル、価値提供の仕組みを設計する視点は、DX推進において依然として重要な論点です。

データとデジタル技術を活用して

「データとデジタル技術を活用して」という経済産業省の定義は、価値提供の仕組みを構築するための具体的な手段を明確に示しています。弊社定義では明記していませんが、DXにおいて極めて重要な要素です。

特に注目すべきは、「データ」「デジタル技術」が並列で示されている点です。データは価値創出の原料、デジタル技術はそれを実現する生産設備に相当し、どちらが欠けてもDXは成立しません。

さらに、データ活用やデジタル技術の導入そのものが目的とならないよう注意が必要です。まず、どのような価値提供の仕組みや戦略を設計するかを十分に検討した上で、最適な手段を選択すべきです。「ビッグデータを活用するために何かを始める」「新しい技術(AI、IoT、RPAなど)を導入する」といった、手段の目的化に陥らず、本質的な価値創造を目指すことが重要です。

顧客や社会のニーズを基に

「顧客や社会のニーズを基に」という表現は、一見当然のように思われがちですが、実際には新たなイノベーション推進の現場で軽視されることが少なくありません。

特に、アナログ消費からデジタル消費へと市場が移行する現在、顧客本位の価値提供を追求し、何度も軌道修正(ピボット)を繰り返す姿勢が不可欠です。このような開発手法は「リーン」や「アジャイル事業開発」と呼ばれます。
模倣が容易な時代だからこそ、一度利用されれば他社製品・サービスに切り替えられにくい、強いエンゲージメントを生み出すサービスへの進化が求められます。

その結果、DXにおける事業やシステム開発は必然的にアジャイル型となり、従来の厳格な設計・見積もり手法では対応しきれないケースが増えています。そのため、新たな投資判断に対しては、企業内ガバナンスの再設計も必要となっています。

製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに

「製品やサービス」と明示的に記載されているのは、物理的な商品(製品)と無形の提供価値(サービス)の両方を対象としているためです。DX推進の現場では、デジタル技術を活用した顧客接点の拡張により、“モノづくり”から“コトづくり”へ、すなわちデジタルサービスと製品の融合が進む傾向にあります。
その結果、サービスが主体となる場合もあれば、製品がサービスに統合されることで新たな差別化が生まれる場合もあります。自社の現状と目指す姿を踏まえ、これらの用語を適切に使い分けることが重要です。

また、「ビジネスモデルを変革する」とは、単に現状の一部をデジタル化することではなく、価値提供の仕組み全体を根本から見直すことを意味します。市場が新たな価値を求めている場合、ビジネスモデル全体の変革が求められます。
一方、既存の提供価値の仕組みを改善する「カイゼン型DX」も存在します。どの領域でどのような変革や改善を進めるか、各カテゴリーごとに明確な方向性と組織行動を設計することが重要です。

業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し

「業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革する」とは、価値提供の仕組みを抜本的に変えるために、企業が長年培ってきた組織行動そのものを見直す必要があることを意味しています。
変革が必要な要素は、DXの方向性や目指す姿によって異なります。昭和時代に築かれたビジネスモデルとは異なり、新たな価値創造を担う部門では、こうした変革が優先的に求められます。

ただし、従来型の行動様式と新しい組織行動の両立は容易ではありません。経営層による強力なリーダーシップが不可欠です。
加えて、これらの要素は現行ビジネスモデルに最適化されているため、1つの要素だけを変えても、他が従来のままであれば組織行動は元に戻りやすい傾向にあります。たとえば、デザイン思考研修を行っても、日常業務に戻ると従来のマネジメントプロセスが優先されるケースが典型的です。

真の変革を実現するには、すべての要素を連動させて推進することが重要です。そして、経営者自身が変革を宣言した以上、自らも変わる覚悟を持たなければなりません。経営者のリーダーシップと覚悟こそが、DX推進の最大の原動力となります。

競争上の優位性を確立すること

「競争上の優位性を確立すること」とは、事業価値と企業価値の両方を高めることを意味します。
そのためには、デジタル技術を活用し、消費者や法人顧客が一度使い始めたら手放せなくなるような高いエンゲージメント(粘着力)を構築し、継続的な改善と運用を推進することが不可欠です。さらに、進化する産業エコシステムの中で自社が重要なハブとなることも、競争優位性を高めるポイントとなります。

また、市場のニーズ変化に柔軟に対応し、新しい価値を継続的に創造できる組織行動は、競争優位の構築に欠かせません。初めから競争優位性を確立する戦略を描くのが難しい場合は、まず自社の生き残りを目指し、カイゼン型DXやつなぎDXを通じて提供価値の継続的な検討と強化を進めることも有効です。

鍵となるのは、経営陣だけでなく現場も含めて組織全体が一体となり、市場により高い価値を提供するためにイノベーションやカイゼンに取り組むことです。その際、データドリブンで高速なPDCAを実行し、新しい価値を生み出し続けられる組織を実現することが、DXの最終的な目的となります。
競争上の優位性は、このような組織変革と継続的な価値創出の積み重ねによって実現されるものです。

まとめ

本記事で紹介した経済産業省のデジタルトランスフォーメーション(DX)の定義を通じて、DXの本質を正しく理解し、多くの経営者が自らリーダーシップを発揮して企業を未来へ導くことを願っています。

「DX人材がいない」と嘆く前に、まず経営者自身がDX経営人材となる意識を持ち、自らの行動を変革することが重要です。その一歩一歩の積み重ねが、組織全体の変革を促し、持続的な企業価値向上と競争上の優位性の確立へとつながります。

参考文献・出典

    1. 経済産業省.”デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)Ver.1.0”(2018年12月)

執筆者:デジタルトランスフォーメーション研究所 代表取締役 DXエバンジェリスト 荒瀬光宏|

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