「DXの戦略を考えたいが何から手をつけてよいかわからない」という声がよく聞かれます。
DXの環境分析フレームワークは、どんな枠組みを使えばよいでしょうか?
戦略立案において、環境分析フレームワークの定番にPEST分析、3C分析、SWOT分析があります。
本記事では、これらの定番に加えてDX時代の環境分析フレームワークであるT2C分析を追加。テンプレートや事例を使って活用プロセスを徹底解説します。
DX環境分析とは
戦略立案と環境分析
戦略論の大家リチャード・P・ルメルトは著書「良い戦略、悪い戦略」で、「良い戦略は、『診断』『基本方針』『行動』という基本構造を持っている」と言います。
戦略立案の最初のステップが診断です。企業戦略検討プロセスでは環境分析です。自社や事業を取り巻く外部・内部環境を多角的に整理します。
さて、環境分析の目的はなんでしょうか?診断の次ステップ、基本方針の示唆を得ることです。環境分析結果を基に企業が進む方向、戦略の基本方針を設定します。
この基本方針を元に具体的な行動計画をプランニングしていきます。
DXにおいて環境分析が重要な理由
DX(デジタルトランスフォーメーション)では、デジタルは手段です。DXにおける企業目的は、トランスフォーメーション=変革です。
企業はなぜ、あえて困難な変革に挑む必要があるのでしょうか。それは環境が大きく変化しているからです。デジタルを背景とした急速な環境変化に適応するための自己変革がDXの本質です。
DX環境分析をしっかり行わなければ的外れな変革方針を設定しかねません。
DX時代の環境分析のポイント
従来の環境分析は主に経営戦略や新規事業開発の現場で活用されてきました。DXが急速に進展する今、技術の変化や顧客の価値観、業界構造など“環境そのもの”が大きく揺れ動いています。
こうした時代には、「過去の延長」ではなく「未来の兆し」をとらえる分析視点が求められます。DX環境分析は、戦略立案や新サービス開発のスタート地点となる重要なプロセスです。
環境分析フレームワーク
PEST分析
PEST分析は、企業を取り巻く外部環境を「Politics(政治)」「Economy(経済)」「Society(社会)」「Technology(技術)」の4つの観点から体系的に整理するフレームワークです。
政治的な規制・政策、経済の景気や為替、社会の人口構造や消費者意識、技術の進化など、マクロ環境の変化が自社ビジネスに与える影響を俯瞰的に把握できるのが特徴です。
PEST分析は、長期的な事業戦略の立案や新市場進出時のリスク・チャンスの見極めなどで広く利用されています。
DX時代のPEST分析:Technologyの重要性
とくにDX時代においては、PESTの4要素の中でもTechnology(技術)の影響が突出して大きくなっています。AIやIoT、クラウドなどの技術革新は、既存の産業構造を根本から変える力を持ち、「技術の変化=市場の変化」となるケースが増えています。
そのため、PEST分析を行う際は「Technology」に特に注目し、最新動向や将来トレンドを深掘りすることがDX戦略立案の鍵となります。
3C分析
3C分析は、「Customer(顧客)」「Company(自社)」「Competitor(競合)」という3つの視点から、自社を取り巻く業界環境を多角的に捉えるためのフレームワークです。
顧客ニーズや市場規模、自社の強み・弱み、競合他社の動向や戦略を整理することで、「自社がどこで勝てるか」を論理的に見極められます。新規事業の市場性評価や既存事業の競争力診断など、多くの現場で活用されています。
DX時代の3C分析:競合分析の重要性低下
DXが進む現代では、顧客のニーズや行動様式がデジタル技術によって大きく変化しています。そのため3C分析でも、「デジタル起点での顧客価値」を意識した幅広い視点が必要です。
また競合も、異業種やスタートアップなど従来の枠を超えて拡大しています。業界の垣根が曖昧になり、業界分析における競合の定義がますます困難になっています。
DX時代の環境分析フレームワーク:T2C分析
T2C分析とは(PEST・3Cとの違い・発展形としての意義)

T2C分析
T2C分析は、DX時代に特化して「PEST分析」「3C分析」を再構成したフレームワークです。
T2Cとは、「Technology(技術)」「Customer(顧客)」「Company(自社)」の3つの要素に注目し、DX推進において最も本質的な“変化”と“変化しない価値”を整理するための方法です。
たとえば、AIやIoTといった新技術の台頭、顧客ニーズの多様化・高度化、自社の強みや組織課題といった要素を「何が変わるのか/何が変わらないのか」という観点から俯瞰的に捉えることができます。
これにより、DX時代の環境変化に柔軟に対応しつつ、自社の独自性を活かした戦略を描く土台ができます。
PEST分析の「Technology」にフォーカス
PEST分析は4つの外部環境要素を検討します。しかし、DX推進では「技術(Technology)」の影響が突出して大きくなっています。
DXによるビジネス変革は多くの場合、テクノロジーの革新によって生み出されます。また、テクノロジーが、政治、経済、社会にまで影響を及ぼすこともしばしばです。
DX環境分析では、“技術トレンド”を深掘りすることが実践的です。
競合分析の重要性が低下
3C分析の対象は、顧客、競合、自社の3つです。
しかし、デジタルの時代には、競合の定義や位置づけが流動的になります。業界の垣根や競争ルール自体が変革され、競合分析の重要性が低下します。
よって、DX環境分析の対象は、市場・顧客分析、自社分析の2つに絞ることが実践的です。
なお、戦略方針を定めるときは競合分析を省きます。一方、具体的なDX企画やサービス設計の段階では、個別サービス、商品の競合分析(ベンチマーキング等)は不可欠です。
つまり、競合分析は、業界のレベルではなく、具体的なサービス、商品のレベルだけ行います。
T2C分析フレームワークの進め方と記入例
DX環境分析の最初のステップがT2C分析です。T2C分析では、「Technology」「Customer」「Company」の3つの要素について、「変化すること」「変化しないこと」を整理します。
T2C分析フレームワーク テンプレート

T2C分析テンプレート
変化すること
DXは定義からしてTransformation=変革です。そもそもなぜ自社の変革が必要なのでしょうか。それは環境が変化するからです。環境変化に合わせた自己変革がデジタルトランスフォーメーションの本質です。
そう考えると、変革の前提として自社を取り巻く環境がどう変化しているか、そしてこれからどう変化しそうか、をしっかり抑えることがDX環境分析の第一歩です。今後、3-5年程度をイメージして変化する要素を棚卸ししましょう。
変化しないこと
環境変化が激しい現代ではどうしても「変化すること」に焦点が向きがちです。変化への追随は重要ですが、それだけで勝てる戦略を構築することはできません。
変化しない自社の本質的な強みは何か、顧客が求めている価値は何か、将来も自社が顧客に提供し続けられる価値は何か。変化しないこと、自社がよって立つべき幹の部分にも目を向けましょう。
T2C分析記入事例:自動車部品メーカー
ここでは、「自動車部品メーカーがEV・自動運転時代を見据えてDX戦略を検討する」という具体例でT2C分析を実施します。
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T2C分析表(自動車部品メーカー)
SWOT分析とは
SWOT分析は、内部要因(Strength:強み、Weakness:弱み)と外部要因(Opportunity:機会、Threat:脅威)を洗い出し、戦略立案のための現状把握や方向性を明らかにするフレームワークです。
強みと弱みは自社のリソース・能力・組織文化など内部視点、機会と脅威は市場や社会動向、技術進化、法制度など外部視点で整理します。
SWOT分析フレームワーク活用のコツ
SWOT分析の特長は、「良い点と課題」「内部と外部」を一度に俯瞰できるため、戦略の全体像と優先課題を同時に明確化できることです。
SWOT分析は、情報解釈に優れた戦略フレームワークです。一方、ポジティブ、ネガティブの解釈余地が大きく評価基準が曖昧で情報収集には不向きです。環境分析では、情報収集にはより整理しやすい他のフレームワークを使うべきです(PEST分析、3C分析など。DX環境分析ではT2C分析を推奨)。
情報収集と解釈で最適なフレームワークを使い分けることが戦略立案のコツです。
SWOT分析記入事例:自動車部品メーカー
先ほどのT2C分析記入事例をもとに、SWOT分析の4象限に情報を整理し直します。
SWOT分析の4象限に整理するときのコツを示します。
- Company(自社)の要素は、「内部」に整理されます。
- Customer(市場・顧客)は「外部」に整理されます。
- Technology(技術)は、内容次第で、内部、または外部に入ります。同じ技術トレンドでも、内部と外部両方に解釈可能な可能な情報もあるはずです。
- 同じ事実、トレンド情報でも視点次第でポジティブ、ネガティブどちらにも解釈可能な情報もあります。その場合は、両方の解釈を記載します
クロスSWOT分析で戦略方針を考える
クロスSWOT分析は、SWOTで整理した要素同士を掛け合わせて戦略オプションを発想するフレームワークです。
現状把握で終わらせず、強みや機会をどう活かすか/弱みや脅威にどう対処するかを論理的に組み立てるために有効です。
クロスSWOT分析活用のコツ
- S×O(強み×機会)
自社の強みを活かし、市場や技術の新しいチャンスを最大限に捉える戦略を検討します。
→自社が得意な領域やユニークな資産を、今後拡大が見込まれる新市場や成長領域にどう適用・転用できるかを考えます。 - S×T(強み×脅威)
強みを活かして、外部の脅威やリスクを乗り越えるための方策を考えます。
→競争激化や業界構造変化など、外部の逆風に対して、自社が持つ品質や顧客基盤、ブランドなどをどのように武器にできるかを検討します。 - W×O(弱み×機会)
弱みを克服することで、新しいチャンスをつかむ戦略を検討します。
→自社に足りないリソースやスキルを強化・補完し、機会を活かすための投資・提携・採用など具体策を考えます。 - W×T(弱み×脅威)
弱みがある中で、外部のリスク・脅威が迫る場合にどう守るか、回避するかを考えます。
→現状のままでは危機となり得る領域に、早期に手を打つ・撤退判断や、弱みの改善とリスク分散を組み合わせることが重要です。
クロスSWOT分析記入事例:自動車部品メーカー
自動車部品メーカーのSWOT分析記入事例を元に、クロスSWOT分析で戦略方針案を抽出した例を示します。
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クロスSWOT分析(自動車部品メーカー)
まとめ
本記事では、DX時代の環境分析フレームワークとして、PEST分析、3C分析とそれらを発展させたT2C分析。さらにSWOT分析・クロスSWOT分析による戦略方針への展開方法を紹介しました。
「未来の変化」と「自社の変わらない価値」の両方を見極め、論理的かつ実践的な戦略立案につなげることが、これからのDX推進には欠かせません。
ぜひ本記事の“型”を自社のDX推進や新規事業検討に役立ててみてください。
参考文献
- 海老原一司.”PEST分析のやり方:マクロ環境分析フレームワーク”(2021年6月)
- 海老原一司.”3C分析のやり方|環境分析|マーケティング戦略”(2021年8月)
- 海老原一司.”SWOT分析とは|環境分析|マーケティング戦略”(2021年7月)
- 海老原一司.”IBMにみる戦略フレームワーク活用法「診断→基本方針→行動」”(2021年8月)
- J・B・バーニー.”企業戦略論(上)基本編 -競争優位の構築と持続”(2021年12月)

株式会社デジタルトランスフォーメーション研究所
代表取締役/DXエバンジェリスト
DX推進・企業変革の専門家。豊富な現場経験と実践知をもとにコンサルティング、企業研修、講演活動を行う。
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