小売DXの事例に学ぶ成功戦略|amazon・ウォルマートの徹底分析

DX(デジタルトランスフォーメーション)の戦略を検討する際、最も参考になる「生きた教科書」はどこにあるでしょうか。
それは、デジタルディスラプション(破壊的創造)の波を真っ先に受け、激しい生存競争を繰り広げてきた「小売業界」にあります。

amazon、ウォルマート、そしてD2C企業の事例は、単なる小売業の成功譚ではありません。「デジタル技術を用いて、いかに顧客体験(CX)を変革するか」という、全業界に通じる普遍的な戦略論が含まれています。

本記事では、世界最先端の小売DX事例を分析し、業界を問わず応用できる「日本企業の勝ち筋」を考察します。自社の業界に置き換えながら、変革のヒントを探ってみてください。

小売業界のDX事例と歴史

ステージ① amazonに始まった小売業界のディスラプション

小売業界のディスラプション(破壊的再編)を仕掛けたのは、amazonです。オンラインでの商品購入が一般的になる世界を予見し、世界最大の書店を立上げ、データを活用したパーソナライズ(個人毎の最適化)、効率的な物流網を構築しました。これらのプラットフォームを最大限に活用し、あらゆる商品に取り扱いを広げていき、小売業の王者に君臨したことは皆様もご存じの通りです。

amazonに始まった小売業界のディスラプション
amazonに始まった小売業界のディスラプション

ステージ② amazonに対抗したウォルマート(OMOの実現)

amazonがEC事業を成功させるにつれ、これまで小売業の王者であったウォルマートは、破滅への道を歩むしかないと多くのアナリストに酷評されました。全米に5000店舗を持っていたがゆえに、固定費が大きく、amazonとの競争に打ち勝つことは不可能と思われたためです。

amazonに対抗したウォルマート
amazonに対抗したウォルマート

しかし、ウォルマートはがけっぷちから大逆転を仕掛けます。まずは、Jet.comというamazonに対抗していたスタートアップを買収し、EC事業に本格的に乗り出します。ここで重要なのは、買収したJet.comをウォルマートの企業文化に染めるのではなく、むしろJet.comの企業文化を取り込んで、ウォルマート自身を徹底変革したことです。

その結果、ウォルマートは変革に高速に対応できるアジャイルな組織文化を身に着け、アナリストにお荷物と考えられていた全米の店舗を最大限に活用し、リアルとデジタルを融合した顧客の購買体験の最適化を行いました

ここで実現された購買体験の最適化は、BOPIS(Buy Online Pick up In Store)と呼ばれ、定番商品はECサイトで注文すれば店舗でパッキングされ、いつでも引き取れる状態になるものでした。広大な米国では、デリバリーのスピードより、消費者自身が店舗に取りに行く方がずっと早いという点に目を付けた戦略でした。

また、店舗を訪れることにより、生鮮食料品のように手に取って商品を選びたいものはその場で選べる「補充購買」というamazonには実現できなかった体験を顧客に提供しました。これにより、定番商品はamazonで生鮮食料品はウォルマートでと、使い分けるメリットがなくなったため、多くの顧客がウォルマートで定番商品も購入するという顧客体験を選びました。このBOPISは、特にコロナ禍において店舗滞在時間を最短化したい市民に歓迎されました。

これらの取組みが市民に受け入れられた結果、ウォルマートは今でも、過去最高売り上げを更新し続けています。

ウォルマートの実現したBOPIS
ウォルマートの実現したBOPIS

このウォルマートの着眼点は、購買支援や販売という観点でamazonが弱かった未充足部分に着目し、まさに自社が得意としている店舗の数や立地を活用した戦略だったと言えます。(下図参照)

ウォルマートの着眼点
ウォルマートの着眼点

このようにデジタルで設計した顧客体験にリアルな接点や商品を包み込むことを、OMO(Online Merges Offline)と呼びます。BOPISは購買体験のOMOとも呼べるでしょう。

ステージ③ 消費体験に踏み込むD2Cの急成長

購買体験のBOPISをウォルマートが完成させたことで、小売業界のDXは一段落することはありませんでした。消費体験までをOMOするD2C(Direct to Consumer)と呼ばれる業態が現れたのです。D2Cとは特定の商品領域に対して専門性の高いブランドです。自ら企画、生産した商品を小売店をはさまず、消費者にダイレクトに提供し、その消費体験をも、様々な接点で支援する企業です。

D2C企業と伝統的ブランドの比較
D2C企業と伝統的ブランドの比較

D2C企業という定義に当てはまるかどうかは人に寄り分類方法に差異はありますが、ここで言うD2Cのコンセプトに当てはまる企業としては、NIKE(ランニングシューズ等、米国)、Lululemon(ヨガウェアなど、カナダ)、Casper(マットレス、米国)などがあります。また、自身で製造していないものの、SEPHORA(化粧品小売、フランス)なども、コンセプトが近いと思います。

これらのブランドでは、購買体験の最適化であるBOPISはもちろんのこと、消費体験をサポートし、さらにそのための商品開発、生産もカバーしているため、当該専門分野においては強力な価値を顧客に提供しています。接点としても、WEBブラウザ、直営店舗、スマホアプリ、製品自体など、様々なものをネットワークし、データを活用して利用者にとっての価値を最大化しています。

D2C企業の着眼点
D2C企業の着眼点

例として、NIKEの場合は、ランニングシューズやウェアと言った商品を売るだけでなく、ランニングのペースを測定してリアルタイムにイヤホンでアドバイスしてくれる伴走コーチをアプリで提供する運動支援や、自身の目標を設定して達成度を見える化する目標管理、同じ種目のプレイヤーとの繋がりを形成するコミュニティ、自身の自己実現を実感できる成績のシェアやトロフィー獲得などのゲーミフィケーション、そして当然のように購買体験を最適化するBOPISを提供しています。

NIKEの提供価値
NIKEの提供価値

このNIKEのBOPISはスマホアプリを軸に、EC体験のみならず、店内での購買を最大限に支援するよう設計されています。ここで重要なのは、店舗や店員の業績を従来の店舗内売上に置かない点です。つまり、店舗内売上という部分最適ではなく、顧客にとっての購買体験、消費体験が最大化されるよう設計されているため、店舗や店員はそこでの売り上げを最大化するのではなく、帰宅後に注文してもよいし、アプリで決済してもよいという、リアルとデジタルの選択肢を顧客に柔軟に選んでもらえるようになっています。その設計に基づいて店員の行動も従来とまったく異なるものになっています。つまり店舗内に在庫のある商品を無理に顧客に押し付けたりせず、その顧客にとって最適な提案をすべての店舗やオンラインの中から提示できるように行動します。当然、店員の評価制度もまったく新しいものとなっています。

NIKEの実現したメッシュジャーニー
NIKEの実現したメッシュジャーニー

このようにリアルとデジタルですべての機能が用意され、常に行ったり来たりできる設計になっていることをメッシュジャーニーと呼びます。このメッシュジャーニーというのは、上記の図のようにすべての要素間でメッシュのように行ったり来たりできることを指します。(メッシュジャーとは、DX実践道場の講師でもあり、DX経営図鑑の著者である金澤一央さんが命名したものです。)

ステージ③ 消費体験に踏み込むD2Cの急成長/国内事例

これに対して、日本国内のD2C事例では、デジタルに極力誘導するデジタル主体ジャーニーや、リアル店舗に極力誘導するリアル主体ジャーニーといったものも存在します。

国内事例を1つご紹介しますと、Fabric Tokyo(オーダーメイドスーツ、日本)があります。リアルのほうが向いている採寸、生地選びをリアルな拠点で提供し、それ以外は決済を含めてすべてのプロセスをアプリやWEBブラウザで提供するスタイルです。

日本初のD2C企業Fabric Tokyoの提供価値①
日本初のD2C企業Fabric Tokyoの提供価値①
日本初のD2C企業Fabric Tokyoの提供価値②
日本初のD2C企業Fabric Tokyoの提供価値②

ステージ④ 現在進行中の進化と試み

ここまで小売業界DXの変遷を見てきましたが、今現在も様々な変化が進行しています。最終的に何が勝ち組になるための競争の原理として成功、定着するかはまだ読めないところはありますが、先進企業が今取り組んでいる様々な施策からは多くのことが学べます。これらの最新のDXの取組みについては、DX実践道場の「米国リテール業界DX最新事情S事例編」などをご参照ください。

小売DXが実現していること

小売業のDXは従来やむをえないと考えられていた消費者の購買および消費に関わるストレスを完全になくすことに加えて、デジタル技術を用いてそれぞれの企業の企業理念により近い価値を提供しています。従来のリアル商品だけでは、企業理念とギャップがあったものの、あらためてデジタルサービスでリアル商品を包含することによって、消費者にとって、より大事な価値を提供することを実現しています。以下にD2C企業の企業理念を並べてみました。デジタル提供価値によって、各企業が「ありたい姿」に大きく近づいている。そんな気がしませんか。

D2C企業の企業理念の提供価値
D2C企業の企業理念の提供価値

日本の小売業の勝ちパターン

冒頭に書きましたように、小売業がDXで実行するべきポイントはある程度パターン化しています。日本は市場がまだアナログ寄りな国であるため、他の国の小売業の方が先進的なイメージはありますが、これから取り組むことができる余地がたくさんあると思います。

まして、顧客体験を最適に設計することにおいては、日本人の右に出る人種はいないと思っています。日本には「おもてなし」の精神があるからです。従来アナログなプロセスで顧客体験を最適に設計することを得意としていた日本人ですから、デジタルあるいはデジタルとリアルが融合したプロセスでも、そのような顧客体験を最適化するスキルを発揮できるのではないかと思います。

顧客体験の開発競争が進んでいる
顧客体験の開発競争が進んでいる

最適な顧客体験を提供することが、競争の原理となり、勝ち残るための要素である以上、日本の小売業、D2Cが未来につながる価値を創出するチャンスがいま目前にあると私は考えます。

まとめ:自社のDX戦略を策定するために

本記事では、amazonやウォルマートの事例を通じて、DXの勝ち筋について解説しました。しかし、事例を知るだけでは、自社の変革は進みません。

組織文化や行動の変化は容易ではありませんが、「誰にどのような価値を提供するのか」という戦略構想が深まれば、おのずと組織変革は加速します。デジタルトランスフォーメーション研究所では、小売業界に限らず、全業界の皆様が自社の未来の提供価値を描き、実行に移すためのナレッジや研修プログラムを提供しています。

具体的な戦略策定のステップや、幹部向けの研修については、以下の記事もぜひ参考にしてください。

  • DX戦略策定のポイント

    DX戦略をどのように立案し、実行に移すべきか。そのフレームワークと具体的な手順を解説しています。

  • 経営幹部向けDX研修

    DXを技術論ではなく「経営課題」として捉え、自社の変革ビジョンを描くためのプログラム。投資判断や組織変革をリードする力を養います。

  • 事業戦略策定・事業開発研修

    単なる業務効率化に留まらない、デジタル前提の新規事業やビジネスモデル変革(DX)を構想し、実行可能な戦略に落とし込むための実践研修です。

荒瀬光宏

株式会社デジタルトランスフォーメーション研究所
代表取締役/DXエバンジェリスト
DX推進・企業変革の専門家。豊富な現場経験と実践知をもとにコンサルティング、企業研修、講演活動を行う。
詳しいプロフィールはこちら

DXナレッジおすすめ記事

DX書籍情報

DXの定義・基礎知識ライブラリ

DXフレームワーク

関連記事