DXでは、経営理念の見直しやあるべき姿の再設計、全社戦略、提供価値を支える組織文化・マネジメント・ガバナンス・人事制度の見直し、変革ビジョンの策定に加えて、リソースの付与・投資・株主やステークホルダーへの説明責任など、トップダウンでなければ実現できない事項が多くあります。トップダウンでなければ遅々として進まず、成果が出ないおそれすらあるため、DXはトップダウンで始めるに越したことはありません。

トップダウン型DXとボトムアップ型DX

DXの進め方には、大きくトップダウン型とボトムアップ型があります。

トップダウン型DXの事例

トップダウン型DXの代表例として、米国のAdobe(アドビ)社が挙げられます。Adobeは、Photoshop(写真編集)やIllustrator(デザイン作成)など、プロのデザイナーに広く利用される高価なソフトウェアを、多様な流通経路を通じて販売していました。しかし2009年頃から、すべてのパッケージソフトウェアをクラウドによるサブスクリプション形式で提供するために、M&Aをはじめ多額の投資を行い、市場を驚かせました。その結果、従来の企業価値が低下するとの見方から、一時はAdobe社の株価が大きく下落しました。

さらに2013年には、ユーザーカンファレンスでソフトウェアパッケージの新しいバージョンの販売を打ち切ると発表し、社員と市場にさらなる衝撃を与えました。これまで流通網を経由してパッケージソフトウェアを販売していた同社にとって、このメインビジネスの終了告知は想像を超える衝撃だったと考えられます。

その後、同社のパッケージソフトウェアはサブスクリプションモデルに完全移行し、プロのデザイナーしか入手できなかったソフトウェア群を、デザインを確認するだけのマネージャーや顧客など、さまざまな役割と頻度に合わせた価格で提供しました。これによりチームでのコラボレーションを前提とした生産性が飛躍的に高まりました。さらに、デザイナーが作成した作品を顧客と流通させるマーケットプレイスを提供することで、デザインに関わるすべての人に強烈な顧客体験価値をもたらしました。クラウドならではのバージョンアップ、新機能、新コンテンツの提供も含め、従来は想像されなかった新しい顧客体験価値を創造したのです。

同社はその後、デザイナー向けだけでなく、マーケター向けのクラウドやAdobe Signなど契約を含む企業ドキュメント管理クラウドなど、すべての事業をクラウドで提供しました。これにより各事業の価値を飛躍的に伸ばすとともに、長期的にエンゲージメントできる顧客を増やし続けています。

トップダウン型DXは実際に少ない

しかし、Adobe社やマイクロソフト社のようなトップダウンでの成功事例は非常に限られています。特に日本のDX事例で、本当のトップダウンと言えるものはほとんど見当たりません。では、トップダウン型DXが成立する条件とは何でしょうか。以下に整理します。

トップダウン型DX成立の条件

  1. トップが先を見通すスキル
    これからの世の中や市場などビジネス環境の大きな変化を認識していることが重要です。日本の経営者は従来の環境で成功した実績によってトップになった場合が多く、新しい環境の具体的な変化を思い描けていないことが少なくありません。
  2. トップのデジタルリテラシー
    市場のデジタル化、産業全体のデータ連携、超高速PDCAやサービスのパーソナライズ化が進展する中、デジタルやデータを経営・事業戦略の中心に据える必要があります。そのためには高いデジタルリテラシーが求められます。プログラムを書く必要はありませんが、どのようなテクノロジーでどのようなサービスや戦略が実現できるかを上位レベルで理解している必要があります。
  3. トップの周囲の参謀
    先を見通せるトップであっても、1人で新しい価値提供の仕組みを考え、ビジョンを立案し、実行することは困難です。ビジネスモデルの仮説検証や具体的なアクションを共に考える参謀が必須です。役員会メンバーとも合宿などを通じて議論を重ね、各役員が己の責務を認識して新しいビジョンに向かって突き進む体制が求められます。
  4. トップの現場影響力
    素晴らしいビジョンを掲げても、トップのパワーと影響力が中長期的に発揮できなければ実行は難しいです。トップの任期が短い場合や、トップに対する会長の不同意、社員の信頼不足などがあると、変革は進みません。オーナー社長は影響力が強いものの、中間層が受け身になりやすいため、組織行動の変革が重要になります。

これらの条件を満たすトップは決して多くなく、むしろ自身でDXを推進している場合が多いと言えます。

ボトムアップ型DX

ボトムアップ型DXのプロセスイメージ

ボトムアップ型DXのプロセスイメージ

そのため、日本でこれから進められるDXのほとんどは、ボトムアップ型DXにならざるを得ないと考えられます。ボトムアップ型DXは、DXリーダーに任命された人物や組織の一部が、新しい環境に適した価値提供の仕組みを作り上げるプロセスです。

トップによるビジョンが先行していないため、進むべき方向が定まらないまま走らざるを得ず、関係者の了解が取れない、事業部門との調整が難しい、投資を確保できない、既存事業とのコンフリクトを解消できないなど、多くの課題に直面します。その結果、部分的な業務のデジタル化にとどまり、DXの効果が得られずにプロジェクトが終了するケースも少なくありません。

とはいえ、ボトムアップ型DXにも成功の道筋はあります。これについてはまた別の機会でご紹介いたします。


執筆者:デジタルトランスフォーメーション研究所 代表取締役 DXエバンジェリスト 荒瀬光宏|荒瀬光宏 プロフィール

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