DX(デジタルトランスフォーメーション)の定義には複数のバリエーションがあります。言葉だけが先行し、概念や本質が十分に共有されていない場面も少なくありません。いま一度、定義の背景と流れを整理しておきましょう。
本記事では、概念提唱者ストルターマンの初期定義から、経済産業省・政府・IDC・Gartner、当研究所の見解までを、出典とともに体系的に比較します。なお、DXの「意味」やデジタル化との違いを先に押さえたい方は、「デジタルトランスフォーメーションとは?」の入門ページも併せてご覧ください。
目次
DXの定義の変遷
DX概念の誕生と日本への導入
2004年、エリック・ストルターマン教授が論文「Information Technology and the Good Life」で、DXを社会の広範な変化として提示しました。2010年代前半、日本ではIDC Japanの活動などを通じて「DX」が紹介され、企業の戦略的な自己変革という用法が浸透します。2017年には当研究所が企業向けDX定義を提示し、2018年には経済産業省が公式に定義を明文化。2019年には政府基本計画でもDXが定義されました。こうした実務文脈の広がりを受け、2022年にはストルターマン教授が当社とともに、DXを社会/行政/企業の三つに整理して再定義しました。
主要なDX定義の一覧(サマリー)
- ストルターマン(2004):社会概念としてのDX。
- ストルターマン(2022):社会/行政/企業の三分。
- DX研究所(2017):企業の自己変革(経営視点)。
- IDC Japan(2017):第3のプラットフォーム×外部/内部エコシステム×CX。
- 経済産業省(2018):企業DXの公式定義。
- 日本政府(2019):政策文書上のDX定義。
- Gartner(2024):デジタル・ビジネス変革の枠組み。
代表的なDXの定義の詳細と解説
エリック・ストルターマン教授による世界初のDX定義(2004年)
「デジタルトランスフォーメーション(DX)」という言葉は、2004年にスウェーデン・ウメオ大学のエリック・ストルターマン(Erik Stolterman)教授が、論文「Information Technology and the Good Life」で提唱しました。
参考:エリック・ストルターマン “Information Technology and the Good Life” 原文
ストルターマン教授は、DXを「ITの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向へ変化させる現象」と定義し、DXの特徴として以下の点を挙げています。
- 情報技術と現実世界の融合:情報技術と現実世界が結びつき、融合が進む。
- デジタルオブジェクトの現実素材化:デジタルオブジェクトが物理的現実の基本素材となり、環境や行動と相互作用する。
- 研究への新たな課題とアプローチ:より本質的な情報技術研究に向けた新しい方法・技術の開発が求められる。
2004年当時、現実世界とデジタル世界の融合を本格的に論じる例は多くありませんでしたが、現在ではその影響を身近に観察できる状況となっています。論文では、利用者体験を重視したシステム設計の重要性と、批判的検証に基づく研究の出発点が示されています。
エリック・ストルターマン教授によるDX定義のアップデート(2022年)
2022年、エリック・ストルターマン教授は当社と協働し、DXの定義を改訂しました。主な目的は次の2点です。
- 実務上の用法の変化に合わせ、社会/行政/企業の文脈で理解しやすい形に整理すること。
- DXを単なるデジタル化と混同する誤解を避け、成功に不可欠な要素を定義に組み込むこと。
社会のDX定義
デジタルトランスフォーメーション(DX)は、人々の生活のあらゆる側面に影響を及ぼします。これは単なる技術的な発展にとどまらず、社会を構成する私たちが、リアル空間とデジタル空間の融合によって高度に複雑化し、変化し続ける世界とどのように関わり、接していくかに深く関わる広範な変化です。DXは、よりスマートな社会を実現し、一人ひとりが健康で文化的な生活を享受できる、持続可能な未来の創出につながる可能性を持っています。
行政のDX定義
デジタルトランスフォーメーション(DX)は、あらゆる組織や分野においてスマートな行政サービスの展開や、革新的な価値創造の支援を可能にします。さらにDXは、住民に対してより安全・安心で快適な生活環境を提供し、持続可能な社会を実現するソリューションの創出にも寄与します。これにより、住民の幸せや豊かさ、情熱の実現とともに、地域やエリア全体の価値向上にもつながります。
DXは既存の仕組みや手続きへの挑戦を促し、より住民本位の革新的な解決策を協働で考える機会を生み出します。その推進には、組織のあり方や文化を革新的かつアジャイル、協調的に変革していくことが求められます。
また、DXはトップマネジメントが主導する一方、すべてのステークホルダーが変革に参加することが不可欠です。
企業のDX定義
デジタルトランスフォーメーション(DX)とは、企業がビジネスの目標やビジョンの達成に向けて、その価値や製品、サービスの提供方法を抜本的に変革する取り組みです。DXを推進することで、顧客により高い価値を提供し、企業全体の価値向上を実現することが可能となります。
また、DXの実現には、戦略、組織行動、組織構造、組織文化、教育、ガバナンス、手順など、組織のあらゆる要素を変革し、デジタル技術を活用した最適なエコシステムを構築することが求められます。
DXはトップマネジメントが主導しつつ、全従業員が変革に参加することが不可欠です。
民間企業向けDXの定義ーデジタルトランスフォーメーション研究所(2017年)
2017年、当社はデジタルトランスフォーメーション(DX)の定義を策定しました。本定義は、日本社会の競争力向上を目的に策定・提供しているものであり、出典を明記していただければ引用・転載を推奨いたします。デジタルトランスフォーメーション(DX)とは、経営視点で以下の取り組みを遂行することです。
デジタルトランスフォーメーションとは
- デジタルテクノロジーの進展で劇的に変化する産業構造と新しい競争原理を予測し
- 自社のコアコンピタンスを活用して他社より早く到達可能なポジションと戦略の策定
- 戦略実現のための新しい価値とサービスの創造、事業と組織の変革、意識と制度の改革
を経営視点で遂行すること
IDC JapanによるDXの定義(2017年)
IDC Japanは、外部エコシステム(顧客・市場)の破壊的変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織・文化・従業員)の変革を牽引し、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル)を活用して、新たな製品・サービス/ビジネスモデルとCX(顧客体験)の変革により価値創出と競争優位を確立することをDXと整理しています。日本では、経済産業省『DXレポート』(2018)に公式に引用され、企業DXの実務文脈を方向付けた定義として広く参照されてきました。
「第3のプラットフォームを利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネス・モデルを通して、…顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること」
出典:経済産業省『DXレポート(2018)』(IDC Japanプレスリリース(2017年12月14日)を引用)
経済産業省によるDXの定義(2018年)
経済産業省が2018年の『DXレポート』および『DX推進ガイドライン Ver.1.0』で示した定義は、日本企業におけるDXの公式リファレンスとして最も広く参照されています。定義はビジネスモデルだけでなく、業務・組織・プロセス・文化まで含む全社変革を射程に入れ、その後の「DX推進指標」や「デジタルガバナンス・コード」等の政策群の基盤になりました。
“企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。”
出典:経済産業省『DXレポート』(2018年9月7日)/『DX推進ガイドライン Ver.1.0』(2018年12月)
注:IPA『DX動向2024(データ集)』でも、本調査の定義として上記METI定義をそのまま採用しています。
日本政府によるDXの定義(2020年)
政府のIT戦略である「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」(2020年7月17日閣議決定)は、行政サービス刷新と社会・経済全体のデジタル化を貫く方針の中にDXを位置付けています。文書では「デジタル化はあくまで手段」と明言し、国民起点の価値創出と持続的成長を目的とする基本姿勢が示されました。翌2021年には「デジタル社会の実現に向けた重点計画」として方針が継承されています。
“将来の成長、競争力強化 のために、新たなデジタル技術を活用して新たなビジネスモデルを創出・柔軟に改変すること。企業が外部エコシステム(顧客、市場)の劇的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネスモデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること”
出典:政府CIOポータル「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画(本文)」/デジタル庁「デジタル社会の実現に向けた重点計画」(2021年6月18日)
ガートナー(Gartner)によるDXの定義(2024年)
Gartnerは、DXをITの近代化からデジタル最適化、さらに新たなデジタル・ビジネスモデルの創出までを含む広い射程で説明します。公共領域では「DX」がサービスのオンライン化やレガシー刷新といったデジタル化に近い文脈で使われる場合がある点にも注意を促しています。すなわち、企業文脈では事業変革まで含める一方、公共文脈ではデジタル化寄りの語用が残るという用法差が特徴です。
「DXとは、クラウド・コンピューティングなどのITの近代化から、デジタルの最適化、新たなデジタル・ビジネスモデルの考案までを指す。」

株式会社デジタルトランスフォーメーション研究所
代表取締役/DXエバンジェリスト
DX推進・企業変革の専門家。豊富な現場経験と実践知をもとにコンサルティング、企業研修、講演活動を行う。
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