カスタマージャーニーとは?マップの作り方と具体例

「顧客の要望は聞いているのに、提案やサービスの改善につながらない」「業務上の困りごとは多いが、どこから手をつければよいかわからない」。こうした場面で役立つのが、顧客の体験を時間の流れに沿って捉える「カスタマージャーニー」です。

顧客が何をし、何を考え、どこで困っているのかを一連の流れとして整理すると、個別の問い合わせや要望だけでは見えない課題を考えやすくなります。DX(デジタルトランスフォーメーション)で顧客への提供価値や仕事の進め方を見直す際にも、この視点が役立ちます。

本記事では、カスタマージャーニーの意味や背景、マップの基本項目と作り方を解説します。さらに、デジタルトランスフォーメーション研究所のDX研修で用いている、ジョブ理論を組み合わせた分析方法と、生成AIで原案を作り、現場の実態に合わせて磨く進め方を紹介します。

カスタマージャーニーとは

顧客が目的に向かう過程を、一連の体験として捉える

カスタマージャーニーとは、顧客がある目的に向かう過程でたどる、一連の体験の流れです。「ジャーニー(Journey)」は旅を意味し、商品を知る、情報を調べる、比較する、購入する、使うといった体験を、旅の道のりになぞらえて捉えます。

マーケティングでは、商品・サービスの認知から購入、利用、継続までを扱うことが多くあります。ただし、分析範囲は目的によって変わります。購入前の比較検討を詳しく調べる場合もあれば、購入後の初期設定から使いこなせるようになるまでを見る場合もあります。

例えば、業務システムを導入する担当者は、資料を読み、デモを見て、社内で説明し、運用を準備します。契約後にも、利用者への案内や問い合わせ対応が続きます。こうした前後の体験をつなげると、契約に至る条件だけでなく、実際に成果を得るまでの障害も検討できます。

カスタマージャーニーマップとは|体験の流れを可視化したもの

カスタマージャーニーマップとは、顧客がたどる体験の流れを、図や表で可視化したものです。顧客の行動に、思考・感情、接点、課題などを重ねて整理します。「カスタマージャーニー」が体験の流れそのものを指し、「カスタマージャーニーマップ」は、それを共有・分析するために描いた地図にあたります。

カスタマージャーニーマップの基本的な考え方:体験全体の流れと、各場面の行動・思考や感情・接点・課題を捉える
顧客が目的に向かってたどる体験を時系列で捉え、各場面の行動・思考や感情・接点・課題を整理します。分析する範囲やフェーズは、対象と目的に合わせて設定します。

ユーザー体験の調査・コンサルティングを行うニールセン・ノーマン・グループも、ジャーニーマップを、人が目標を達成するためにたどる過程の可視化として説明しています。誰の、どのような状況での体験を扱うかによって、適切なフェーズや記載内容は変わります。

業務フローとの違いは、主に着目点にあります。処理手順や担当部署の関係を整理することに加え、ジャーニーマップでは、体験する人の目的や困りごとを明示します。この考え方を社内業務に応用すれば、社員の行動や負担を捉える「社員目線の業務分析」にも使えます。

カスタマージャーニーを使う目的

活用目的は、主に次の三つです。

  • 顧客理解を具体化する:どのような場面で、何をし、何を求めているかを捉える。
  • 問題を分解する:大きな困りごとを体験の段階に分け、問題が生じる箇所を見つける。
  • 関係者の認識を揃える:営業、開発、サポートなどが、顧客の体験を共通の地図で議論する。

例えば「導入したシステムが定着しない」という問題も、初期設定、操作の習得、日常利用、問い合わせ対応に分けると、確認すべきことが変わります。全体を見渡しながら、詳しく調べる場所を絞れることが、マップを作る意義です。

カスタマージャーニーの背景と態度変容モデルとの関係

態度変容モデルは、顧客を段階で捉えるための背景の一つ

顧客の心理や行動を段階に分けて考える方法は、以前からマーケティングで使われてきました。例えばAIDMA(アイドマ)は、注意・関心・欲求・記憶・行動という流れから、広告やコミュニケーションの働きを考えるモデルです。

購入後の継続利用を含むAMTUL(アムトゥール)、インターネット上の検索や共有を含むAISAS(アイサス)などもあります。いずれも、各段階を表す英単語の頭文字を組み合わせた名称です。それぞれ、何を理解・設計したいかに応じた見方を提供します。

モデル 英単語と各段階の意味 着目すること
AIDMA Attention(注意)→
Interest(関心)→
Desire(欲求)→
Memory(記憶)→
Action(購買などの行動)
購買に向けた心理・行動の変化
AMTUL Awareness(認知)→
Memory(記憶)→
Trial(試用)→
Usage(日常利用)→
Loyalty(継続的な支持・固定利用)
試用から継続的な利用への変化
AISAS Attention(注意)→
Interest(関心)→
Search(検索)→
Action(購買などの行動)→
Share(情報共有)
検索や情報共有を含む購買行動

例えばAIDMAは、商品に気づき、興味を持ち、欲しいと感じ、覚えておき、購入するといった変化を捉えます。AISASでは、気になった商品を自分で調べ、購入後に感想を共有するという行動にも着目します。

これらは、カスタマージャーニーのフェーズを考える際にも参考になります。ただし、実際の顧客が必ずこの順番をたどるとは限りません。モデルの段階をそのまま当てはめるのではなく、対象となる顧客や状況に合うかを確認します。各モデルの詳しい説明は、態度変容モデルの解説でも紹介しています。

サービス設計や顧客体験の研究も背景にある

カスタマージャーニーを理解するには、態度変容モデルに加え、サービスを利用する過程や体験の質を研究してきた流れも押さえる必要があります。

1984年には、サービスの提供プロセスを可視化する「サービスブループリント」が論じられていました。また、2016年の研究では、顧客体験に関する研究の流れが整理され、購買行動、顧客満足、サービス品質など、複数の分野とのつながりが示されています。

このため、カスタマージャーニーの背景は、心理や購買行動を段階で捉える考え方と、利用の前後を含めてサービス体験を捉える考え方の両面から説明できます。購入後の利用や社内業務を分析対象にすることも、この理解につながります。

デジタル化によって、接点をまたぐ体験への関心が高まった

検索、比較サイト、SNS、店舗、営業担当者など、顧客が情報を得る接点は多様です。調べた後に知人へ相談したり、購入後の体験を共有したりするため、一方向の購買段階だけでは捉えにくい動きも生じます。

コンサルティング会社のマッキンゼーは2009年に、顧客の購買行動を、比較・検討から購入、購入後の体験まで循環する過程として示しました。2010年には、経営誌「ハーバード・ビジネス・レビュー」でもカスタマージャーニーマップを使った顧客体験の改善が紹介されています。近年だけの新しい発想ではなく、以前からの研究や実務の蓄積がある考え方です。

実務では、顧客の目的と、そのためにたどる体験を捉え、接点ごとの対応を全体の流れに合わせることが重要です。営業で説明した内容と導入後の支援がつながっているかなど、部門をまたいだ検討にも使えます。

カスタマージャーニーマップの基本項目と作り方

最初に「誰の・どの状況の・どこからどこまで」を決める

マップにはさまざまな形式があります。作成を始める前に、次の前提を揃えましょう。

  1. 分析の目的:何を理解し、どの判断に役立てるのか。
  2. 対象者と状況:誰が、どのような条件のもとで行動しているのか。
  3. 本人の目的:その人は何を成し遂げようとしているのか。
  4. 対象範囲:体験のどこからどこまでを見るのか。

「売上を伸ばしたい」は分析する企業側の目的です。一方、顧客には「業務の手間を減らしたい」「社内に説明できる根拠を揃えたい」といった目的があります。この二つを分けておくと、顧客に取ってほしい行動だけを書いたマップになることを防げます。

対象者を具体化するために、ペルソナを添える方法もあります。BtoBでは、担当業務、意思決定への関わり、社内調整の責任などを整理すると、状況を想像しやすくなります。

よく使われる項目を、分析目的に合わせて選ぶ

一般的には、横方向に「フェーズ」を並べ、縦方向に顧客の行動や心理などを置きます。フェーズは体験の区切りであり、「認知・比較・購入」などに固定する必要はありません。

よく使われる項目には、次のようなものがあります。

項目 記載する内容
フェーズ 課題認識、比較検討、導入、利用など、体験の段階
顧客の行動 調べる、相談する、試す、申請するなど、具体的に行うこと
タッチポイント Webサイト、営業担当者、店舗、操作画面などの接点
思考・感情 疑問、期待、不安、安心など、その場面で考えることや感じること
課題 進めにくいこと、負担、目的の達成を妨げること
改善機会・施策 分析から見えてきた改善の方向や対応案

すべての項目を必ず埋める必要はありません。顧客への情報提供を考えるなら接点や疑問を、利用上の負担を考えるなら行動や課題を詳しくします。課題と改善案は区別し、現在起きていることに、実施前の施策を混ぜないようにしましょう。

BtoBの具体例|経費精算システムを検討する担当者

以下は、書き方を説明するための架空の例です。実際の調査結果や企業の導入事例ではありません。

対象は、社員の増加に伴って経費精算の差し戻しや確認作業が増え、運用の見直しを任された経理担当者です。現行業務の改善策を調べる中でシステムの導入を検討し、利用が定着した後の効果確認までを分析範囲とします。

項目/フェーズ 課題整理 情報収集・比較 社内合意・契約 導入・定着 効果確認・改善
顧客の行動 差し戻し内容を集計し、社員に話を聞く 資料を集め、デモを見て比較する 関係部署と相談し、稟議を進める 設定を行い、利用者へ案内する 処理時間や差し戻しの変化を調べる
タッチポイント 申請記録、社内ヒアリング 製品サイト、営業担当者、デモ 社内会議、提案書、契約書 導入支援担当者、操作画面 利用記録、サポート窓口
思考・感情 何が負担の中心なのかを知りたい 自社で本当に使えるか不安 根拠をもって導入理由を説明したい 問い合わせに対応しきれるか心配 負担が減ったかを確かめたい
課題 作業時間の記録がなく、負担を比べにくい 各社の説明項目が異なり、比較しにくい 部署ごとに重視する条件が違う 例外的な申請方法が決まっていない 導入前の数値がなく、効果を判断しにくい

このマップからは、導入前に負担を測ること、比較基準を揃えること、例外処理を事前に整理することなどが、改善の検討候補になります。実際に施策を決める際には、担当者への確認や業務記録の調査を行います。

作成の進め方は、前提を決め、利用できる情報を集め、フェーズに沿って整理し、不明点を確認する、という流れです。顧客へのインタビュー、観察、問い合わせ記録、利用データなどを組み合わせます。情報が不足する箇所は仮説として残し、何を確かめればよいかを明確にします。

ジョブ理論を組み合わせて顧客理解を深める

行動の背後にある「成し遂げたいこと」を捉える

ジョブ理論でいうジョブとは、特定の状況で、その人が成し遂げたいことです。カスタマージャーニーにジョブを組み込むと、各行動の目的を明示できます。

例えば「比較表を作る」は行動です。その背後には、「限られた検討期間で、自社の業務に合い、選定理由を社内に説明できる候補を絞りたい」というジョブがあります。この違いを捉えると、表作成の時間だけでなく、比較基準が揃っているか、判断に必要な情報が得られるかも検討できます。

ジョブ理論とカスタマージャーニーは、着目する点が異なります。ジョブ理論で状況と目的を捉え、その目的に向かう体験をジャーニーで具体化すると、行動と目的、障害をつなげて考えやすくなります。

研修で用いている「フェーズ・顧客の行動・ジョブ・ジョブ上の課題」

当研究所の研修では、問題定義をもとに分析を進めるため、次の4項目で整理しています。ワークショップで繰り返し適用し、検討しやすい形に改良してきた実践用のフォーマットです。

  • フェーズ:体験をどのような段階に分けるか。
  • 顧客の行動:各段階で、その人が具体的に何をするか。
  • ジョブ:その場面で、その人が何を成し遂げたいか。
  • ジョブ上の課題:成し遂げることを妨げている負担や障害は何か。

先ほどの経理担当者の例を、この形式で整理します。全体を通じたジョブは、「社員の増加で確認作業が増える中、月次の締めを遅らせず、社員と経理の双方の経費精算の負担を減らしたい」と捉えます。

項目 フェーズ1 フェーズ2 フェーズ3 フェーズ4 フェーズ5
フェーズ 課題整理 情報収集・比較 社内合意・契約 導入・定着 効果確認・改善
顧客の行動 差し戻し内容を集計し、社員に話を聞く 資料を集め、デモを見て比較する 関係部署と相談し、稟議を進める 設定を行い、利用者へ案内する 処理時間や差し戻しの変化を調べる
ジョブ 負担の大きい業務を把握し、改善対象を絞りたい 自社業務に合い、選定理由を説明できる候補を絞りたい 関係者が判断できる材料を揃え、導入の合意を得たい 月次業務を止めず、社員が迷わず使える状態にしたい 負担の変化を確かめ、次に改善すべき点を決めたい
ジョブ上の課題 作業時間の記録がなく、負担を比べにくい 各社の説明項目が異なり、比較しにくい 部署ごとに重視する条件が違う 例外的な申請方法が決まっていない 導入前の数値がなく、効果を判断しにくい

状況や役割は表の前に共有しているため、各セルで繰り返す必要はありません。フェーズが進むことで何が変わり、その時点では何を成し遂げたいのかを書きます。

全体のジョブと各フェーズのジョブをつなぐ

各フェーズのジョブは、全体の目的との関係がわかる粒度で整理します。「資料を見る」を「資料を見たい」と書き換えるだけでは、行動の目的が深まりません。「その行動によって、どのような状態になりたいのか」を考えましょう。

また、現在の体験には、遠回りや不要な作業が含まれることもあります。すべての行動を必要なものとみなさず、全体のジョブに照らして、別の方法で実現できないかも検討します。

4項目形式は、ジョブと課題に着目して議論を進めるためのものです。感情や接点も必要に応じて加えられます。例えば、担当者が失敗を恐れて意思決定を先送りしているなら、その不安や、誰に相談しているかも理解する必要があります。

カスタマージャーニーで問題を分解する

問題定義から、問題の所在の分析へ進む

問題解決では、まず「誰の・どんなジョブの・どんな課題を扱うのか」を定義します。そのうえで体験をフェーズに分けると、漠然とした課題を具体的な箇所に分解できます。

例えば「経費精算に時間がかかり、営業活動を圧迫している」という問題には、領収書を探す時間、費目を調べる時間、入力する時間、差し戻しに対応する時間などが含まれます。負担を分けて捉えることで、どの場面を詳しく調べるべきかが見えてきます。

当研究所では、問題特定を「分ける」と「選ぶ」で整理しています。カスタマージャーニーは、顧客や社員の解像度を上げながら、体験をプロセスに分けるために使います。その後、整理した課題の中から重要なものを選びます。

社内業務への応用例|営業担当者の経費精算

ここからは、システムを選ぶ経理担当者から、日々の経費精算を行う営業担当者へ視点を変えます。こちらも説明用の架空の例です。

状況は、外出が多く、月末に領収書の整理と申請が集中していること。ジョブは、「顧客対応の時間を確保しながら、期限までに漏れなく経費を精算し、立替金を受け取りたい」とします。以下も、フェーズを横方向に並べて整理します。

項目 フェーズ1 フェーズ2 フェーズ3 フェーズ4 フェーズ5
フェーズ 経費発生 保管・管理 申請準備 入力・申請 承認・精算
社員の行動 交通費などを立て替え、領収書を受け取る 領収書を財布やファイルに入れる 領収書を取り出し、用途や費目を確認する 金額や費目を入力し、証憑を添付する 状況を確認し、差し戻しに対応する
ジョブ 移動や顧客対応を滞らせず、申請に必要な情報を残したい 手間をかけず、必要なときに取り出せるようにしたい 申請内容を漏れなく揃え、まとめて処理したい 誤りなく入力し、短時間で申請を終えたい 期限内に承認を得て、立替金を受け取りたい
ジョブ上の課題 急いでいると領収書の受領や用途の記録を忘れる 保管場所が分散し、探すのに時間がかかる 用途を思い出せず、費目の判断にも迷う 転記が多く、入力中に不足情報が見つかる 差し戻しでやり直しが発生し、承認の見通しもわからない

入力画面で困っていても、その背景に、経費発生時の記録不足があるかもしれません。前後の流れを捉えると、入力の効率化に加えて、早い段階で必要な情報を残す方法も検討できます。ただし、この関係は仮説なので、実際の申請や聞き取りで確認します。

分解した課題から、取り組む対象を選ぶ

マップに課題を書き出したら、影響の大きさや発生頻度などを確かめ、取り組む順番を考えます。すべての課題に一度に対応しようとせず、何を改善すると全体のジョブの達成に役立つかを見ます。

当研究所の研修では、社内業務の課題は「課題の大きさ×発生頻度」、顧客向けの価値創造では「課題の大きさ×自社貢献度」を、優先順位を議論する観点として用いています。点数だけで結論を出すのではなく、評価の根拠や不足している情報も確認します。

ジャーニーマップは、問題の所在を絞るための材料です。重要な課題を選んだ後は、その原因や制約を確かめ、解決策の立案と検証へ進みます。

生成AIで複数案を作り、現場に合うマップへ育てる

問題定義を共有してから原案を作る

カスタマージャーニーは、表の形式を知っていても、いざ自分の業務に当てはめると書き始めに迷いやすいものです。生成AIは、状況をもとに行動やジョブ、課題の仮説を言語化する際に役立ちます。

当研究所の研修では、問題定義をもとに「誰の・どんな状況での・どんなジョブと課題か」を共有し、ジョブの項目を残したままマップの原案を作成しています。これにより、行動の目的と障害を対にして議論しやすくなります。

利用できる業務情報や確認済みの事実があれば、原案の材料に加えます。一方、情報がない箇所をAIが補った場合は、現場に当てはまるかを確認する仮説として扱います。具体的な文章になっていることと、正しいことは別です。

異なる視点の3案を比較し、分析する範囲を選ぶ

研修では、視点や分解の切り口が異なる原案を、まず3パターン出力させています。グループで比較し、必要に応じて追加案を作成してから、検討を進めるための原案を選びます。3案という数は、比較しながら議論を始めるための運用です。

例えば、経費精算の負担を分析する場合には、次のような切り口が考えられます。

原案の切り口 分析する範囲 見えやすくなること
営業担当者の体験全体 経費発生から精算まで 前後の段階にまたがる負担や手戻り
営業担当者の申請作業 申請準備から提出までを詳しく見る 費目判断、転記、証憑添付などの具体的な負担
承認者の体験 申請を受け取ってから判断するまで 判断材料の不足や、確認のための往復

比較する際は、「今回の問題を理解するには、どの視点や範囲が役立つか」を考えます。別の関係者の視点を採用すると、扱うジョブも変わります。問題定義の対象を変える必要がある場合は、元の問いに戻って整理し直します。

各案を混ぜて一つの表にするのではなく、誰の体験なのかを明確にしたうえで、必要な情報を取り込みます。複数案を出す価値は、最初の分け方だけで分析範囲を決めてしまうことを防げる点にあります。

原案を、現場に合う表現へ修正する

原案を選んだ後は、ワークシートに転記し、グループで実態に合う表現へ修正します。次の表は、営業担当者の経費精算について、修正の観点を示した説明用の例です。実際のAI出力や研修成果の引用ではありません。

原案の表現例 現場で確認すること 確認できた場合の修正例
領収書を探す どこに分散し、何を探しているのか 紙は財布と引き出し、電子領収書はメールを順に探す
経費を早く申請したい 何との両立が必要で、いつまでに終えたいのか 月末の顧客対応を遅らせず、締切までに申請を終えたい
承認が遅い どこで待ち、何を確かめられないのか 一次承認の状況が見えず、誰に確認すればよいかわからない

「顧客の行動」には、見る、入力する、相談するなど、観察できる形で記述します。ただし、観察できる行動として書かれていることと、実際に観察・確認した事実であることは異なります。AIが補った内容や参加者の推測は、その後の聞き取りや記録の確認で確かめます。

グループワークで異なる説明が出た場合も、無理に一つにまとめる必要はありません。対象者や状況の違いによるものかを確かめることで、別のジャーニーが必要なことや、追加調査すべき点がわかります。

カスタマージャーニーを活用するときの注意点

現状と理想の体験を分ける

現在の問題を調べるマップには、いま起きていることを記載します。将来のサービスや改善後の体験を設計するマップには、実現したい状態を記載します。両方を扱う場合は、「現状」と「改善後」を分けて比較すると、変えるべき点が明確になります。

例えば、現在は手入力している工程に、検討中の自動入力を混ぜると、現状の負担を見落としかねません。新規事業で将来の体験を描く場合も、想定した体験が実現できるか、顧客に受け入れられるかを検証します。

フェーズの順番に、顧客を無理に当てはめない

体験を時系列で整理しても、すべての人が同じ順序で進むわけではありません。比較中に課題整理へ戻る、導入を見送る、使った後に別の方法を探す、といった動きもあります。

まず代表的な流れを整理し、判断に影響する分岐や行き戻りを補います。「カスタマージャーニーは古い」と考える前に、固定した購買段階へ現実を当てはめていないかを確認しましょう。マップは実態に合わせて更新するためのものです。

BtoBでは、利用者・選定担当者・決裁者を区別する

BtoBの意思決定では、使う人、選ぶ人、承認する人が異なる場合があります。システムを日々使う社員は操作の負担を、導入担当者は運用への適合を、決裁者は投資の妥当性を重視するかもしれません。

一人の体験を描くマップでは、その人を中心に、ほかの関係者との接点を記載します。別の立場の体験も詳しく調べる場合は、マップを分けます。フェーズごとに主人公が入れ替わると、誰のジョブや課題を解決するのかが曖昧になるためです。

DX・新規事業・業務改善への活用

顧客の目的から、部門やシステムをまたぐ体験を見直す

カスタマージャーニーを使うと、一つの画面や一部門の仕事を改善するだけでなく、前後を含む体験の見直しを検討できます。

経費精算で入力時間が短くなっても、証憑探しや差し戻しに時間がかかっていれば、社員全体の負担は十分に減りません。さらに、立替払いそのものを減らすなど、従来の手順を変えてジョブを満たす方法も考えられます。

こうした分析は、DXに向けて業務や提供価値を再設計する出発点になります。個別業務の改善を、事業や組織の変革へどうつなげるかという視点も持ちながら、検討範囲を定めましょう。

改善後は、顧客や社員の目的に対応する指標で確認します。経費精算なら、申請にかかる実作業時間、差し戻しの割合、立替金を受け取るまでの日数などが候補です。ログだけではわかりにくい不安や社内調整の負担は、本人への聞き取りと組み合わせて捉えます。

新規事業の価値提案と、日常の問題解決へつなげる

新規事業では、顧客の体験の中から、十分に満たされていないジョブや、負担の大きい課題を探します。既存の商品を使う場面だけでなく、その前後や代替手段も調べることで、どこに価値を提供する余地があるかを考えられます。

日常の問題解決では、扱う問題を定義し、体験を分け、重要な課題を選ぶために使います。どちらの場合も、マップで得られた仮説を確認し、解決策を試し、その結果を次の分析に反映することが大切です。

当研究所では、こうした考え方を生成AIとの共同作業に取り入れ、参加者が自社のテーマで検討する研修を提供しています。

荒瀬光宏

株式会社デジタルトランスフォーメーション研究所
代表取締役/DXエバンジェリスト
DX推進・企業変革の専門家。豊富な現場経験と実践知をもとにコンサルティング、企業研修、講演活動を行う。
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