「経営陣のビジョンが現場に響かない」「現場の切実な課題が経営層に伝わらない」——。昨今、多くの組織において、経営層と現場スタッフの間に「見えない壁」が生じています。この認識のギャップは単なるコミュニケーション不足ではなく、マクロ環境を追う経営層とミクロな業務を担う現場という、視座の決定的な違いから生じる深刻な構造問題です。
この分断を放置することは、組織の衰退を招くだけでなく、変化の激しい現代において致命的なリスクとなります。本記事では、富士フイルムやSOMPOの事例を紐解きながら、経営者と現場を再統合するための「共通の問い」の重要性を解説します。分断を解消し、変革を加速させるための「DXの本来の意義」とは何か。組織の一枚岩を取り戻し、将来にわたって価値を高め続けるための立案プロセスをご紹介します。
目次
経営層と現場の「ギャップ」が組織を衰退させる原因
経営陣と現場の認識のズレは、単なる意見の相違ではありません。戦略、ビジネスモデル、組織文化の根幹に関わる深刻な問題です。なぜこの分断が生じ、組織を蝕んでいくのか、そのメカニズムを整理します。
「過去の成功」に縛られる経営層の盲点
経営層の多くは、これまで大きな環境の変化にさらされてこなかったことにより、従来のマネジメントの延長で日々の経営をしている組織が多いと思います。そのため、無意識のうちにマクロ環境の変化を見落としがちです。
- ビジョンの空文化:将来を見越した大きなビジョンを描いたとしても、その想いが現場に伝わらず、組織全体での共通認識や信念とならないため、変革につながりません。
- マクロ視点の欠如:現場のリアリティを考慮せず、組織管理の観点で整備されたマネジメントプロセスやガバナンスの維持を優先してしまいます。
「日々の忙殺」と「将来への不安」に揺れる現場の視点
一方で、現場スタッフは短期的な目標に追われており、自身のリソースを日々のルーチンワークや目の前の課題解決に120%費やしています。中長期的な視点を持つ余裕が物理的に奪われている状況です。
- リアリティとの乖離:現場スタッフは経営層より若い層で構成されていることが多く、デジタル技術に親しんでいるため、自社のビジネスモデルの継続性に強い疑念を持っている場合があります。
- 提案の諦め:将来のあり方について経営層に提案しても容易に解決されないことを理解しており、フラストレーションを溜め、「言っても無駄」という諦めが蔓延します。
コミュニケーションの断絶が招く「組織の末路」
経営層は「経営視点がない」と現場を低評価し、現場は「現場を知らない」と経営層を冷笑する。この対立構造が固定化されると、組織は以下のような衰退のサイクルに陥ります。
- ことなかれ主義の蔓延:経営層は自身の既得権益を守るため、耳障りのよい「甘言(かんげん)」を弄する人を重用し、本質的な視点で「諫言(かんげん)」する人を避けるようになります。
- 変化への適応不能:マクロ(社会・市場)とミクロ(現場顧客)両方の変化に対応できず、組織の自浄作用が失われます。
- 優秀な人材の流出:将来に希望を失った人材から順に流出し、短期的な業績すら維持困難な事態を招きます。
一度この溝が深まると、自然に修復されることはありません。組織が価値を維持し続けるためには、この分断を強制的に繋ぎ止める「新しい仕組み」が必要です。
経営者と現場の乖離を埋める「共通の問い」と組織再統合の事例
組織の分断を解消するには、経営層と現場が「同じ土俵」で議論するための強力なテーマ(共通の問い)が必要です。過去、存亡の危機を乗り越えて組織を再統合した企業は、経営層がパーパスに基づいた「問い」を投げかけ、現場が「知恵」を出すことで、圧倒的な当事者意識を生み出しました。
組織が一枚岩になるには「当事者意識」の種が必要
単にコミュニケーションを増やすだけでは現場は動きません。現場が経営と同じ視座に立つには、「この課題を解決しなければ、自分たちの居場所(組織)がなくなる」という切迫感と、「自分たちの知恵が未来を作る」という期待感の両輪が必要です。
【富士フイルム】「第二の創業」を掲げ、技術の可能性を再定義
2000年代、写真フィルムの需要が激減し、本業消失の危機に直面した同社は、自社の技術資産を「社会の課題解決」のために再定義する道を選びました。
- 経営層の問い: 「我々のコア技術(高度な膜を作る、化学反応を制御するなど)は、写真以外のどの分野で世界一になれるか?」
- 現場の反応: 技術者たちが自社の知見を棚卸し、写真フィルムの主成分であるコラーゲンの知見を化粧品に、ナノ粒子化技術を医薬品に応用するなどの新提案が続出。
- 結果: 「第二の創業」という旗印のもと、経営と現場が融合。ヘルスケアや高機能材料を主軸とする企業へと鮮やかな転換を遂げました。
【SOMPOホールディングス】保険の枠を超えた「パーパス」への挑戦
自動運転の普及などで自動車保険市場の縮小が予測される中、同社は「保険を売る会社」から「社会課題を解決する会社」への転換をパーパス(存在意義)に据えました。
- 経営層の問い: 「デジタルを活用し、あらゆるリスクから人々を守る“安心・安全・健康のテーマパーク”をどう実現するか?」
- 現場の反応: 従来の保険業務の枠を超え、介護現場のリアルデータを活用した新サービスの開発や、防災・減災プラットフォームの構築など、現場主導のデジタル活用が加速。
- 結果: パーパスを共有することで、部門の壁を超えたデータ連携が始まり、組織全体が「社会課題の解決」という一つの目標に向かって動き出しました。
現代における最強の共通テーマ「DX」が組織を繋ぐ
では、現代において特定の業界に限らず、あらゆる組織が「共通の問い」とすべきものは何でしょうか。それがDX(デジタルトランスフォーメーション)です。
DXを単なる「ITツールの導入」と捉えると、現場は「面倒な仕事が増える」と反発します。しかし、DXを「デジタル時代の競争環境で、私たちが勝ち残るための自己変革」と定義し直せば、それは富士フイルムやSOMPOが直面したのと同質の、組織全員で取り組むべき「生存戦略」になります。
DXというテーマを通じて、経営層の持つ「マクロな危機感」と、現場の持つ「ミクロな改善知見」を衝突させ、融合させる。このプロセスそのものが、経営と現場のギャップを埋める最大の特効薬となるのです。
DXビジョン策定を通じたコミュニケーションギャップの解消
「DXを通じて、経営と現場の間のギャップを埋めるコミュニケーションを可能にしましょう」と言うと、多くの方が、デジタルツールでコミュニケーションを活性化することだと勘違いします。本質は、DXのあり方を組織全体で議論する「プロセス」そのものにあります。
失敗しないDXの進め方:DXビジョン策定プロセス
- 啓蒙:なぜいま競争の原理が変わっているのかを組織全体で理解する。
- ビジョン案策定:経営陣主導で、企業のパーパスに基づいた変革の基本理念を策定する。
- ビジョン更新:事業責任者や現場の意見を取り込み、実効性の高い変革ビジョンへとアップデートし、整合性を担保する。
- 施策の設計:変革施策の内容、役割分担、達成時期、効果測定手段などを具体的に設計し、組織全体が自身の役割を認識する。
- 施策の実行と推進:実際に施策を展開しながら組織を挙げた変革を推進し、課題に対して対策をとり、ビジョン自体の是正も続ける。
これらのプロセスを密室で行うと、組織を挙げた変革は実現できません。組織の各レイヤーをまたがった合意形成のプロセスこそが、DXプロジェクトが終わった後も「変化に適応し続けられる組織体質」を作り上げるのです。
まとめ
組織全体のコミュニケーションがなくても、日々の業務は回るかもしれません。しかし、同じテーマについて組織全体でコミュニケーションする必要性がなくなっていること自体が、環境の変化に適応できない状態と言えます。そのため、デジタル技術による競争環境の変化に適応し、組織の中長期的な価値を高めるという重要テーマに真剣に取り組むことが有益です。
今、もし組織内に「見えない壁」を感じているなら、その組織にとってDXに取り組むべき時は、今かもしれません。ぜひ社内啓蒙から着手し、全社を変革する大きなうねりを作り、将来にわたっての組織の価値を高める取り組みをはじめましょう。
当研究所では、経営層が主導して組織を一つにまとめるための戦略策定支援や、役員向けのワークショップを提供しています。
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株式会社デジタルトランスフォーメーション研究所
代表取締役/DXエバンジェリスト
DX推進・企業変革の専門家。豊富な現場経験と実践知をもとにコンサルティング、企業研修、講演活動を行う。
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